表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/34

第三章・1

第三章


―1―


 診察を終えた早苗は、支払いを済ませていた。

 筋を痛めていた首には、塗り薬と湿布薬が処方された。

 会計から西山が待つロビーへと戻ろうとした早苗は、自販機脇の壁にもたれながら立っている、少年の前を通りかかった。歳は中学生くらい。一人で来たのだろうか。

 早苗はちらりと少年に目をやり、ハッとした。

 目を閉じている少年に顔を向け、その顔を確認しながら、ゆっくりと通り過ぎる。


 まさか。

 でも。


 早苗の足が止まった。

 早苗は少年を振り返った。

 胸が鼓動を少し早める。おそるおそる少年に近づいた。


 少年が自分の前にある人の気配に目を開く。そして、目の前にいる早苗を、わずかに首を傾け見上げた。

 少年の漆黒の瞳が早苗の顔を捉え、映し出す。


 この目。

 この目を自分は知っている。

 いつも憧れ、少しでもいい、そこに自分を映してくれたらと思っていた。


「……朝日奈君?」


 思わず口からこぼれるように出て来たその名前。

 懐かしい響きだった。


挿絵(By みてみん)

 

 早苗の問いかけに、少年は結んでいた唇を、何か言おうと薄く開いたが、思い直したように閉じると、にっこりと幼い笑顔を早苗に見せた。


「違うけど。お姉さんだあれ?」


 少年の言葉に、急に夢から覚めたような気がして、早苗は目をしばたかせた。


 そうだ。

 当たり前だ。

 この子が『朝日奈 鈴』のはずがない。

 あれから十五年も経った。

 それに鈴は……。


 そう気づくと、早苗はとたんに恥ずかしくなって来た。こんな子供に突然声をかけるなんて。

 変なおばさんだと思われたかもしれない。


「あ、ご、ごめんなさい。人違いだったみたい。本当に……ごめんなさいっ」


 身を翻し、行こうとした早苗は、目の前の男子トイレから出て来た男にぶつかった。

 それは、やたらと背の高い目つきの悪い男で、慌てて早苗は謝った。


「す、すみませんでした!」

「あ、いえ、こ、こちらこそ、すみません」


 意外にも男は丁寧に謝り返してくれ、少年を見ると言った。


「お待たせしました、朝日奈さん」


 早苗は目を丸くして男を見た。そして、再び少年を振り返る。

 少年からは、先程の無邪気な笑顔が消え、苦虫を噛み潰したような、不機嫌な顔で男を睨んでいた。


「まったく……本当に、空気が読めないというか、間が悪いというか……」


 少年はぶつぶつと何やら呟いている。

 そこへ、


「早苗どうしたの」


 西山がなかなか戻って来ない早苗を心配してやって来た。


「あれ、西山さん」


 目つきの悪い男が西山を見て言った。


「なんだ、常磐じゃない。それに君は……」


 西山も少年を見ている。

 すべての視線が集まる中、少年は深く一度息をつくと、先ほどとは違った穏やかで少し大人びた、そしてちょっと困ったような笑顔で早苗を見た。


「久しぶり。星野」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ