第二章・1
第二章
―1―
「お疲れ様です。もういいですよ」
霧藤に言われて、常磐はベッドから起き上がった。
大きな総合病院の奥にある一室。霧藤は常磐の頭に取り付けていたヘッドギアを外す。何本ものコードが、そこからモニター付きの機械に繋がれている。
霧藤の知り合いの病院だそうで、特別に詳しく常磐の状態を調べてくれる、ということでやって来たのだが。
「CTの結果も脳波も異常ないですよ」
「……良かった」
霧藤の言葉にホッとする。
体力と健康だけが取り得の常磐は、こんな大掛かりな検査を今まで受けたことがない。『同調』のこともあるが、他に何か病気でも見つかったら……とビクビクしていた。
「やっぱり、同調してる最中の脳波を見てみたいものですが、常磐さんの場合、そうタイミングよくいきませんしね」
「すみません……」
霧藤にとっては、あまり面白くない結果だったかもなどと思ってしまう。
「朝日奈さんは」
外していたネクタイを締めながら、霧藤に訊ねる。
「うん。今見てる」
常磐を手招き、ベッドのある部屋と繋がった隣の部屋に行く。そこからは、ベッドのある部屋がガラス窓越しに見ることができ、その窓の下に機械とモニターが並んでいた。
常磐が先ほど寝ていたベッドの、パーテーションを挟んだ隣に、朝日奈 鈴はまだ眠っていた。
こうして時々、鈴の検査をしているのだそうだ。
モニターの一つに映し出された鈴の顔は幼い。
鈴は戸籍上、年齢は今、三十になる。しかし、鈴は十五年前の事件の後、二年前に目覚めるまで眠り続け、その体は成長を止めてしまっていた。
起きて口を開けば、その言動で大人びた印象を受けるものの、こうしていると中学生ほどの子供にしか見えない。
「いつ見ても、不思議な脳波だ」
霧藤が言って、常磐は鈴の顔の映ったモニターから、別のモニターに目を移す。
「こちらが常磐さんの寝ているときの脳波、こっちが今、寝ている鈴の脳波です」
霧藤が機械を操作すると、モニターに頭を輪切りにしたような断面図が並ぶ。そこにオレンジや赤、青、緑などの色が広がっている。
自分の出来がいいとは、お世辞にもいえない脳の中を見られていると思うと、なんだか恥ずかしかった。しかも、明らかに鈴のものと違う。
「脳の周波はデルタ波、シータ波、アルファ波、ベータ波の四つに分けられます」
「はあ」
「まあ、難しいことはさておき、こちらの常磐さんの反応、これが一般的な脳波になります」
良かった。一応自分のは一般的らしい。
それぞれの脳波に分けられた四つの断面図は、静かな青い色が基本で、すこし黄色がかった色をところどころに見せているだけだ。それに比べ……
「こちらが鈴のものになります。見ての通り、まるで違うでしょう」
鈴の脳波は活発なオレンジが図の大半を占めていた。
「これはほぼ、覚醒状態に近い。寝ながらに覚醒時と同等の、またはそれ以上の動きを、鈴の脳はしているんです。これは『ワタリ』の際にも見られる反応です」
眠っているのに、起きている時以上の動きをする鈴の脳。
「朝日奈さんは、いったいどんな夢を見てるんでしょう」
思わずつぶやいた常磐に、霧藤が答える。
「悪夢だそうです」
「え」
「鈴の見ているのは、いつも悪夢らしい。灯君が鈴から聞いた話ですが。夢の内容については彼女も聞いていないようです。鈴も話すつもりはないようだ」
「そうなんですか」
霧藤さんは知らないんですか、と言おうとしてやめた。知らないから、灯から聞いた話をしたのだろう。それに霧藤と鈴は、どうにも仲がいいとは見ていて思えない。
それにしても、いつも悪夢とは……。
自分は時々見る他人の夢ですら耐えられないと思うのに、鈴の見ている悪夢とは、いったいどのような物なのだろうか。
「鈴も、もうすぐ起きると思いますけど。どうしますか」
「あ、それじゃあ、少し待たせてもらいます。今回の夢のことで、朝日奈さんにも少し話を訊きたいので」
「そうですか。なら、どうぞ座ってお待ちください」
霧藤はそう言うと、機械に向かって操作を始める。
常磐は壁際に置かれていた、少し固い長椅子に腰を下ろした。
脳波を見るために、先ほどまで眠っていたはずなのに、なんだか頭がすっきりしない。
常磐は眉間を指で摘まみ、目を閉じた。