第一章・4
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激しい罪の意識。その罪悪感からくる自殺願望。
そして、電車がやって来る線路に自ら足を踏み出す時の決心と絶望。
常磐は今回の夢の内容を霧藤に話した。
「自殺希望者の夢……ということですか」
今回の夢も、大いに霧藤の興味を惹いたようだった。
「ええ、希望というか、そうしなければいけないという、義務感みたいなものを感じました」
「確かに今までの三つのケースとは違うみたいですね」
「そうですね。今までは犯罪者の意識だったんですけど。今回は本人が死にたがってます」
「まあ、宗教によっては、与えられた命を自ら捨てる行為そのものが、罪だったりしますけどね」
また霧藤が独特とも言える自論を展開させる。
「それにその人物は、人生に絶望したからとかではなく、罪悪感から死にたいと考えているわけでしょう? どんな罪かは分かりませんが、すでに犯罪者なのかもしれません」
なるほど。
どうして自分にはこういう色々な考え方ができないのだろう。
次の駅に到着した電車のドアが開いて、客が乗って来る。
老女が一人席を求め、車内に視線を廻らせているのに、常磐が気づいた時には、霧藤がすでに立ち上がり席を譲っていた。
……出遅れた。
老女が嬉しそうに、ぺこと頭を下げながら、霧藤が座っていた座席に座る。
「まあ、もうすぐ降りるんですから」
気まずそうな顔をしている常磐に、常磐の正面の吊革に掴まった霧藤が苦笑して言った。
「すみません……」
常磐は大きな体を小さくして恐縮する。
「それで、その夢は現実になったんですか?」
「俺も気になって調べたんですが、今の所、該当者はいませんでした。もちろん、国内全部となると分かりませんが」
昨夜から今朝までの間、霞野署の管轄内で、未遂も含め、線路内に投身自殺を計った人物はいなかった。
「駅は特定できなかったんですか」
「それが、見つめていたのは自分の足元ばかりで、車両も、近づいて来る正面をちらと見ただけだったんで、どこの路線の物か判別できなかったんですよね……」
「そうですか」
そもそも、常磐は相手に同調してしまうため、夢の中では自由が利かない。
「常磐さん、僕はね、あなたの力には、やはり予知に近いものがあるのではないかと思っているんですよ」
「予知……ですか」
「ええ。近いうち、常磐さん自身が関わることになる事件に対する、予知のようなもの」
確かに今までの夢は、結局その後、常磐が関わることになっている。もちろん、自分から顔を突っ込んでいっているせいもあるかもしれないが。
霧藤は話を続けた。
「大きな力には、それなりのリスクとルールと制限が付き物です」
常磐は自分の他にも、特別な能力の持ち主を二人知っている。
他人の夢に入ることのできる『夢ワタリ』の鈴と、その鈴から眠りを奪うことのできる、日暮 灯という少女だ。ただし、灯はそうしないと眠れない体質と聞いている。
「鈴は直接相手に触れなければ、他人の夢に入ることは出来ない。もちろん、相手は眠っていなければならない。鈴の力のリスクに関しては、常磐さんも体験済みですよね」
常磐は頷いた。
夢の怖さ、肉体と脳の関係については、身をもって勉強した。
「灯君の力も直接、鈴に触れなければならない。こちらは鈴がすでに眠ってしまっていると取れない。そして何より、鈴以外の人物には無効らしい」
「あ……そうなんですか」
常磐は、てっきり灯は他の人間からも、眠りを取れる物だと思っていた。
しかし、おそらく自分が眠りをあげると言っても、あの気の強い女子高生は「いらないわよ、そんなもの」と、いつもの鋭い目で睨んでくるに違いない。
間違いない。
「灯君はそう言っている」
霧藤は微妙な言い回しをした。
「常磐さんの力にも、何か決まったルールが存在すると思うのですが、まだハッキリしてきませんね」
「それが分かれば、この力をなくすこともできるんでしょうか」
「あれ、やっぱり、ないほうがいいですか?」
少し意地の悪い言葉に、常磐は顔を渋らせる。
「そりゃあ、前回までは事件を防ぐこともできたし、解決することもできましたけど、このままじゃ、ノイローゼになりそうですよ」
「そうですね……常磐さんは、夢と現実が混ざりやすい。さっきみたいに、夢の相手に同調しすぎて、自殺しかねない。早く慣れたほうがいい」
「何かいい方法ないですかね」
「鈴に訊いてみたらどうですか。彼も十三年の眠りから目覚めた当初は、夢と現実が分からなくなることがあったみたいですから」
電車のアナウンスが駅名を告げ、電車が速度を落とす。降りるために立ち上がった常磐に、霧藤が言った。
「常磐さん、少しだけお時間取れませんか」