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第一章・3

―3―


「霧藤さんも、電車なんて乗るんですね」


 霞野に戻る各駅停車の電車、七人掛けの長い座席に常磐は霧藤と並んで座っていた。昼間の車内は、座席は埋まっているものの、混雑はしていない。


「乗りますけど。何か変ですか?」


 首を小さく傾け、霧藤は常磐を見る。


「いえ、なんだか高そうなマイカーに乗ってるイメージがあったんで」


 生地も仕立ても、常磐のものとは明らかに違うスーツにネクタイ。霧藤はそれをさらりと着こなす男なのだ。高級な自家用車くらい持っていると思っていたのだが。

 すると霧藤は肩を小さく揺らして笑った。


「この辺は意外と公共の交通が整ってますし、逆に道は狭くて駐車場も少ない。こっちの方が便利ですし、時間も実はかからなかったりします」

「あ、そうですよね」


 常磐もそれは思っていた。狭い道脇に仕方なく駐車を余儀なくされるとき、周囲に迷惑を掛けている気がして申し訳なく思う。そして、混雑すると自転車にさえ抜かされることもある。


「それに、移動時間の有効利用ができる。本を読んだり、考え事をまとめるのは、自分で運転をしているとできませんからね」


 その理由はなんだか恰好いい。今度自分も使ってみたいと思ったが、おそらく霧藤が言うから恰好いいのであって、自分が口にしたところで、読む本なんて漫画雑誌だろうとか、考え事なんて晩飯に何を食おうかくらいのことだろう、と言われるのがオチだから、やめておいた方が良さそうだ。


「まあ、どうしても車が必要なときはタクシーを呼びますが」


 なるほど。その手もあったか。

 それは貧乏な常磐には無理な話だが。


 目の前の座席に座っていた親子連れの、子供の方が大きな欠伸をして、それを見た常磐はつられて、また欠伸をする。


「失礼しました」


 涙の滲んだ目尻を擦り、霧藤に謝る。


「いえ、こう暖かいと眠くなりますよ」


 言った霧藤は、何かを思い出したように常磐を見た。 


「常磐さん、なぜ欠伸が移るか知っていますか?」

「いえ。そういえば、よく言いますね、欠伸が移るって」

「面白い話があるんですよ。欠伸の伝染は、人の感情移入する力、共感能力によって発生するという説なんですけどね」

「共感能力?」


 霧藤の話には、こうして時々難しい言葉が出てくる。


「ええ。欠伸の伝染という現象は四歳以下の子供、また自閉症の子供には見られないそうです」

「四歳以下? 何でですか」

「他者を認識するということは、自己認識能力が確立していることを意味します。四歳以下というと、まだその能力は未熟です。自閉症の症状の一つにも、共感能力の欠如というものがあります。よって、他者を認識する、共感する力が、この欠伸の伝染に関わっているのではないか……という説なんです」

「へえ……」

「人の気持ちに敏感な人ほど、欠伸の伝染は起こりやすい」


 そう言ってから、にっこりと霧藤は常磐を見る。


「酸素濃度の低い同じ環境にいるから、という説もあるんですけど、映像でも欠伸は移ることが分かっていますし、こちらの方が説としては面白いでしょう?」


 霧藤には、説としてどちらが正しいかよりも、どちらが面白いかの方が、どうやら重要なようだ。

 

「常磐さんは本当に、人の意識に自分を重ねるのが得意なんですね」


 常磐は一瞬、何のことかと思ったが、すぐに自分の『夢の同調』のことを言っているのだということに気がついた。

 

「疲れませんか。そんなに周囲の感情ばかり気にしていては」


 探るような問いかけに少し戸惑う。まるで、精神科のカウンセリングを受けている気分だ。


「別に意識したことないですし。俺は気遣いなんて、できちゃいないですから。俺の欠伸はただの寝不足です」


 各駅停車の揺れる一定のリズムと、背中を暖める窓から差し込む日差しが、また眠気を誘う。


「また何か夢でもみたんですか」


 『寝不足』という言葉から、常磐の夢のことを察する霧藤を、さすがだと思う反面、少し怖くも思う。そして、霧藤は欠伸の伝染をするのだろうか、などという考えが頭をよぎった。


「はい。実は、また例の夢を見て……」

「じゃあ、また鈴の手を借りる事に?」


 霧藤の口調は別に常磐を責めるようなものではなかったが、やはり気が咎める。


「それが、今回はまたちょっと違うんです」


 常磐は今回の『同調』について話し出した。



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