第一章・2
―2―
各駅停車しか止まらない、その駅のプラットホームには、常磐の他に人はいなかった。
正直がっかりしていた。
もっと何か、事件に対しての執念や、犯人に対する怒りなどを牧本から聞けると思っていたのだ。
十五年前は自分も、刑事になりたいなんて思っていなかったと思う。ニュースにもあまり興味がなかった子供の常磐は、テレビはアニメくらいしか見ていなかったから、鈴の事件はまったく記憶にない。
十五年前、呑気に生きていた自分を叱ってやりたい気分だ。まあ……それは仕方のないことだが。
牧本でさえ己を無力だと感じるこの事件、今でもすでに自分の無力さなんて、嫌というほど痛感している自分に、何か掴むことが出来るのだろうか。
……出来そうにない。
それでも、風化なんてさせたくなかった。鈴に、この事件は風化してしまったなどと思わせたくなかった。
たとえ無駄でも追いかけ続けなければいけない。それがまた十五年、それ以上経過しようとも。
常磐はまた、大きな欠伸をした。
眠い。
この陽気のせいだけではない。昨夜はよく眠ることができなかったのだ。
常磐は最近、奇妙な能力に目覚めた。それは『犯罪者に同調し、犯罪者が見ているのと同じ夢を、犯罪者の視点で見てしまう力』というものだ。
過去にはそのおかげで、事件を未然に防ぐことができたり、犯人を捕まえることも出来たりしたのだが、誰かの感情や意識が流れ込んでくるのは、気分がいいものではなかった。
夢は無意識の意識。とても生々しく、そして歪みを生じるそれを、常磐は自分の物のように感じてしまう。
昨夜の夢も最悪で、飛び起きた後は、うまく寝付くことができず、すっかり寝不足だ。
常磐は目頭を押さえる。目を閉じていると、昨夜の夢が思い出された。
私は死ななければならない。
だって私は罪を犯したのだから。
でも後悔はしていない。
……いえ、やっぱりしているかもしれない。ああ、なんで私がこんな目に合わなければならないのだろう。
私はいつも目立たず、静かに生きてきたというのに。
しかし、私の犯した罪は大きすぎるのだ。
私は生きていてはいけない。このまま生きていることは許されない。
私は駅のホームに立っている。
カンカンと音を立て、踏み切りの遮断機が下りていく。遠くにライトが二つ光るのが見えた。もうすぐ通過電車がやってくる。
ほら、もうすぐ。
私は線路に向かって足を踏み出した。
ファーン!
大きな汽笛の音、そして、ぐいと腕を引っ張られる感触に、常磐はハッとした。
目の前を急行の電車が通過していく。
「わ……」
驚き、よろけながら後ずさると、腕を引いた人物に背中がぶつかった。
心臓が激しく脈打っている。いつの間にか線路の方へと近づいていたようだ。
危なかった……。ゴクリと唾を飲む。
「大丈夫ですか」
後ろから声を掛けられる。常磐の腕を引っ張ってくれた人だ。
「あ、すみません! 有難うございました」
振り返り謝る常磐は、そこにいた人物にさらに驚き、目を丸くした。
「危ないので、黄色い線の内側までお下がりください」
春の新緑よりも爽やかな笑顔で、駅では定番のアナウンスを口にしたその男は、精神科医の霧藤 愁成だった。