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第八章・2

―2―


 蜃気楼へと向かう道の途中、バス停の方から歩いて来るその人に、常磐は足を止めた。


「西山さん……」


 グレーのシャープなシルエットのスプリングコートを着た西山は、ポケットに両手を入れ俯き気味に歩いていたが、常磐の声に顔を上げると小さく微笑んだ。


「蜃気楼に行くんですか」

「ええ。鈴君とちょっと話がしたくて」

「……夢でも見たんですか」

「そうね。まるで悪い夢でも見てるみたい」


 独り言のように西山は呟く。

 早苗とは会えたのだろうか。そして今、西山は何を思っているのだろう。常磐には西山の表情を読み取ることはできなかった。


「常磐も鈴君に会いに?」

「はい」

「夢を見たの?」


 常磐がしたのと同じ質問を西山は返してくる。


「……いいえ」


 常磐は昨日の夢を思い出し答えた。


「俺が見たのは、思い出でした」


 答えた常磐に、それ以上西山は何も訊かなかった。

 蜃気楼に着くと、いつものようにベルが鳴るレトロなドアを開ける。すると香ばしい茶の香りと、いつもの穏やかな大酉の笑顔が迎えてくれる。


「いらっしゃい。おや、またお二人ご一緒で」

「こんにちは。ごめんなさい。今日はお菓子をいただきに来た訳ではないの」


 常磐の開けたドアから西山が店内へと入るなり言った。その言葉に大酉の表情が、心持ち曇るのが分かり、常磐は申し訳ないと思う。この店は切り盛りしている店主は大酉だが、実際のあるじはというと、やはり鈴の方だと見て取れる。そして、大酉からは鈴への絶対的な信頼のようなものを感じる。判断は鈴に任せているものの、常磐が事件のことで鈴を訪れるときに見せる大酉の表情にはいつも、それを快く思っていないことが表れていた。


「少々お待ち下さい」


 大酉が座敷部屋へと向かおうとすると、その戸がスッと開いて、いつもの着物姿の鈴が姿を見せた。鈴は着物の袖口に手をいれるように組み、戸口の柱にもたれるように立って西山を見ていたが、「どうぞ」と一言、戸を開けたまま部屋の中へと戻って行った。


「悪いわね常磐、ちょっと待ってて貰える。二人で話したいの」

「はい」


 西山が座敷部屋へと入るのを見届けてから、常磐はいつものカウンター席に座った。




◆◆◆◆◆◆


 座敷部屋に一歩足を踏み入れると、少し甘く奥ゆかしい香の香りが鼻を通り抜ける。どこか懐かしく、心が落ち着くような不思議な香りだ。机の上に下がっていた御簾を引き上げる鈴を、興味深く西山が見ていると、大酉が静かに茶を運んで来て、また静かに出て行った。


「お座りください」


 西山がコートを脱いでいると鈴が言って、机を挟んだ鈴の前、敷かれた座布団の上に西山は正座した。鈴は自分の定位置の座椅子にもたれるようにして西山を探るように見る。


「それで、俺はどうやって話を伺えばいいんですかね」

「どうやって?」

「一応、俺はここでは夢占い師ということになっているんですが、それでいいですか。それとも警察に協力してる一市民として? 単なるちょっとした知り合いとして?」

「ああ、そうね。それじゃあ……」


 西山は少し考えた。


「星野 早苗の友人として」

「星野の?」


 鈴が訝るように眉を顰める。


「ええ。お互い早苗の友達ってことで。いいかしら」

「……構いませんが。でも俺は、星野についてあなたとお話できることは、そんなにはないと思いますけど。……ああ、そういえばこの前、星野もここに来ましたよ」


 鈴の声色が気持ち軽くなったように聞えた。


「そうだったわ。ごめんなさい、教えたの私。迷惑だったかしら」

「全然。今の俺にはもう、昔の知り合いなんていませんから。学生の頃の友人と、また話ができて楽しかったです。まさか星野が一人で訊ねて来てくれるなんて、思ってもみませんでしたが」

「本当、早苗ったら、鈴君のことになると積極的よね」


 西山は足を崩すと机に頬杖をついて、鈴との距離を詰める。


「ねえ、鈴君。鈴君は覚えてるかな。早苗ね、中学のとき、鈴君にラブレター書いたんだって」


 西山の言葉に鈴が目をぱちくりさせ、それまで西山から逸らさなかった視線を、恥ずかしそうに外した。


「覚えてますよ。星野には十五年前のことでも、俺にはまだ二年前みたいなものですから」


 鈴の事件のことは西山も知っている。十三年もの間眠り続けた鈴にとって、十五年前の記憶はまだ新しいらしい。


「それに、ああいった手紙を貰うのは、俺も初めてでしたし」

「それで、 それで? その後、どうしたの」


 早苗は返事を貰えなかったと言っていた。つまり鈴は早苗のことが――?

 しかし、鈴は困ったような笑みを口元に浮かべながら、意外なことを言った。


「俺、星野の手紙読めなかったんです」


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