第七章・1
第七章
―1―
常磐は眠い目を擦りながら署に向かった。結局あの後、眠れなかったのだ。
そして、常磐は署の入り口の階段が見えるところまで来て、足が止まった。そこに西山の姿が見えたからだ。明らかに誰かを待っている風に、階段脇の壁にもたれて立っている。
裏口に回ろうとした常磐は、西山の呼ぶ声に再び足を止めた。
「おはよう常磐」
「おはようございます、西山さん。……どうしたんですか今日は」
にっこり笑って近づいてくる西山に、振り向きなんとか笑顔を返す。
「私の謹慎、明日までよ。挨拶に来たの」
「ああ、そうでしたね。良かったです。西山さんがいない間、大変だったんで。主に東田さんの相手が」
「そう。……なんかひどい顔してるわよ。鬚もちょっと伸びてるし。まさか、東田みたいに伸ばすつもりじゃないでしょうね」
「いえ、ちょっと寝坊しただけです」
常磐は電気のシェーバーではなく、剃刀派だ。本当は、あの夢を見た後で、剃刀を顔に当てるのが恐くて、鬚が剃れなかったのだ。
「ねえ常磐」
「はい」
「私に何か話すことはない?」
にこやかな表情のまま訊く西山に、ギクリと常磐の心臓が跳ねた。
「……ありません……けど」
「この前言ってた、夢の相手は見つかった?」
「なんで西山さんが、そんなこと気にするんですか」
「常磐ぁ」
質問に質問で返すと、西山の声が不機嫌に歪んだ。
「あんた、前に自分が同調するのは、犯罪者だって言ってたわよね」
「ええ……今のところ」
「じゃあ早苗は関係ないわよね」
間髪置かずに言われた言葉に、常磐は思わず息を呑み西山を見る。にこやかだった西山の顔が厳しくなっている。
「なんで早苗を調べてるの」
西山の刺すような視線から逃げられず、常磐は固まった。なぜバレたのだろう。
「今回の同調者が早苗だと思ってるんでしょう?」
そこまで分かっているのか。驚いている常磐の腕を西山は強く掴んだ。
「分かってるの? 常磐。その夢で、彼女は死のうとしてたんでしょう? もし、あんたの夢が早苗の物なら、それが私にとってどういうことなのか。答えて。どんな理由があっても、私は早苗を自殺なんてさせるわけにはいかないの。……たとえどんな罪を犯していても」
「西山さん……」
西山の目は真剣だ。元々馬鹿みたいな自分の夢の話も、西山はちゃんと訊いてくれた。茶化して誤魔化すなんてことはできない。
「俺は……星野さんかもしれないと思っています」
自分の頭の中に抱えていた考えを、口に出して言ったことで、その考えの重さにつぶされそうになる。
「西山さん、言いましたよね。朝日奈さんは星野さんの初恋の相手だって。俺はこの前、自殺したがっている女性の他に、朝日奈さんに思いを寄せる女の子の夢に同調したんです。……そう、丁度みんなで星野さんと会ったあの日でした」
そのことに、言いながら今、気がついた。
「俺が今、受け取っている夢の発信者がもし一人なら……つまり自殺希望者と、その恋心の持ち主がもし同一人物なら……」
そこまで言った常磐の腕を、西山はそっと放した。
「分かった。私、早苗と会って来るわ」
「西山さん。それは……」
「今の私は刑事じゃない。早苗は私の友達よ。友達を心配しちゃいけない?」
「……いえ」
それを聞くと、西山は常磐に背を向けて歩き出した。常磐はその背に何も言うことができなかった。開放された腕には、西山の手の感触が残っていた。