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第三章・3

―3―


 突然鳴り出した電子音に、和やかにながれていた空気が一瞬止まり、皆が音の出所を探して視線を廻らせる。

 

「ごめんなさい。私です」 


 早苗がバッグから携帯電話を取り出した。


「すみません」


 言いながら、隠すように電話に出る。

 常磐達は各自、自分が注文したものに手を付けた。常磐のオレンジジュースはとっくに空だったのだが。


「もしもし。ええ。大丈夫。たいした事ないって、朝も言ったじゃない。今? 今は病院の前の喫茶店に……え、い、いいから。本当に大丈夫よ。え! そう、そうなの………… 分かったわ……」


 困ったように語尾を弱めると、早苗は電話を切った。


「どうかしたの」


 西山がケーキ後のコーヒーを飲みながら訊く。


「え、ええ。ちょっと……知り合いが心配性で……。迎えに来るっていうものですから」

「あら、そうなの。いいじゃない、優しい人ね」

「ええ……。大丈夫って言ったんですけど、もう近くまで来ているらしくて。それじゃあ、私、この辺で失礼しますね」


 少しせわしなく早苗が立ち上がると、レシートを入れる為のプラスチックの筒が倒れ、テーブルの下へ落ちて転がった。


「ごめんなさい」


 結構ドジなところがあるらしい。


「いいですよ、俺拾いますから」


 常磐はテーブルの下にしゃがみ込む。

 そしてふと、並ぶ目の前にある足の、早苗の足元を見て思いだす。

 夢の中、うつむき見下ろしていた自分の足。線路へ踏みだしたそれも、マンションの屋上から踏み出したそれも、早苗が履いているような、踵の低いローヒールのパンプスを履いていたな、と。


「あの、大丈夫ですか」


 なかなかテーブルの下から出て来ない常磐に、早苗が訊く。


「あ、はい。ありましたよ」


 テーブルの下から常磐が顔を出すと、窓の外に黒いスポーツカーが止まった。ピカピカに磨き上げられた車体がやたらと光って、周りの風景を鏡のように映している。

 そこからスーツ姿の男が一人降りてきたかと思うと、喫茶店へと入って来た。対応に出た店員に断りをいれて、こちらへと向かって歩いて来る。

 早苗がそれを見て、目を丸くした。


「赤井君」

「近くまで来てるって言っただろ」


 男は車と同じくスポーツマンタイプのがっしりした体格で、短く刈り上げた髪に、程よく日焼けした肌が健康的だった。


「それにしても……」


 気まずそうに早苗が視線を落とす。

 いったい、この二人はどういう関係なのだろう。まあ、単純に考えれば、一つしか答えはないのだが。


「こんにちは。赤井あかい 健治けんじといいます」


 男、赤井は常磐たちに会釈をした。ハキハキとした口調、笑顔はやり手の営業マンといった感じだ。


「こんにちは」


 西山がにっこりと返す。


「こちら、私の高校の頃からお世話になってる西山さんと、その同僚の方。それと……」


 早苗が常磐たちを紹介しながら、鈴を見て迷う。それはそうだろう。中学の時の同級生だなんて言えば、話がややこしくなりそうだ。

 すると、西山がすぐに言葉を繋いだ。


「うちの甥っ子」

「こんにちはー」


 鈴も合わせて子供っぽい笑顔を赤井に向ける。さすが西山は機転が利く。赤井はなんの疑問も持たなかったようだ。


「そうですか。……あ、早苗から聞いていますか。今度、僕たち結婚するんです」

「赤井君っ!」


 突然言った赤井に、驚いた早苗が咎めるように名前を呼ぶ。


「まだ先のことじゃない」

「なんだ。いいじゃないか。良かったら、式にもぜひ来ていただきたい」

「ええ。そうね。ぜひ伺いたいわ。おめでとう、早苗」


 西山は言ったが、相変わらず早苗は困ったような顔でうつむいている。


「おめでとう」


 次に聞えたその言葉に、早苗が顔を上げる。


「ございます」


 鈴だ。


「ありがとう……」 


 微笑み自分を見上げる鈴に、早苗は気の抜けた返事を返した。


「それじゃあ、行こうか」


 赤井が軽く早苗の肩に手を回す。


「ええ。それじゃあ、失礼します」


 ペコと頭を下げ、早苗は赤井と出て行った。外のスポーツカーに乗る早苗に、西山は手を振る。早苗はもう一度小さく会釈すると、車に乗り込んだ。

 常磐はそれを見て、赤井にはよく似合うあのスポーツカーが、早苗にはなんだか似合わないと思った。


「なんだか、バリバリ働いてるって感じですね。あのぐらいの歳で、成功してますって自信が溢れてる人って、カッコイイなぁ」


 走り去るスポーツカーを目で追いながら、常磐は素直な感想を口にした。


「そうですね。同世代としては羨ましい限りですね」


 鈴がちびちびと飲んでいた紅茶のカップを置いた。

 そうだった。

 つい、忘れてしまう。鈴ももう、そういう歳なのだ。

 以前、霧藤が言っていた言葉を思い出した。


『自分と同じ歳の人間は、もうすっかり大人になり、家庭を作っている者もいる。社会にでて立派に働いて出世している者もいる。鈴はあの姿のまま、やがて年を取り衰え、死んでいく』


 当時、十五歳だった鈴にも、将来こうなりたいなどという夢があったのだろうか。どちらにしても、その頃、鈴が思い描いていたものと、今が違うのは確かだろう。


「あ、あの、でも、朝日奈さんの方が全然カッコイイですよ」


 取り繕うように言った常磐を、ふうんといった冷めた目で鈴は見た。


「どのように?」

「いや、ほら、さっきの人とは朝日奈さんはタイプも違うし。赤井さんはガッシリしたフットワークのいいスポーツマンって感じですけど、朝日奈さんはどっちかというと頭脳派というか。もっとなんでもサラリとこなすような……」


 あれ、そんな人なら身近にいるじゃないか。


「そう、霧藤さんみたいなタイプですよね」


 鈴の顔が一気に不機嫌になった。



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