【SS】注文の多い入学式
ハローワークに行くと、いつもの窓口の人とは違う人が対応してくれた。一見穏やかな笑顔を浮かべるその人は言った。
「何か専門的なスキルを身につけてはどうでしょうか?」
「今更この年で?」
提案に私は苦笑いしたが、その人は笑顔を貼り付けたままで続けた。
「この年齢だからですよ。氷河期は理由になりません。この履歴で無資格ですと、どこも雇ってくれるところはありませんよ」
ズバズバときついこと言う。でもこれが現実か……。私はいくつかの求人票を握りしめてため息をついた。もう何度目だろう。条件は合っても確かに決まることはなかった。
担当窓口の人は笑顔なのに感情が読めない不思議な眼差しをしていた。ひょっとして地球人ではないかも……ああ、いや差別的な意味でなくて、慣れない視線の配り方だなと思っただけだ。そんな私の葛藤はよそに、彼はどこからともなくファイルを取り出し、それから一枚の紙を私に差し出した。
「ここに資格学校の詳細が書いてあります。学費は無料ですので、どれか受けてみてはいかがですか」
渡された書類を私はじっと見つめた。
そうだ、検査技師になろう。
いくつか紹介された資格学校の中から私はそれを選んだ。私は人間関係に疲れていたので人との付き合いが少ない、一人で黙々とするような仕事が良かった。それに火星人の本格的な入植を経て爆発的に人口が増えた二千年代の地球では、この手の求人は引くてあまただった。これなら食うに困ることはあるまい。
こうして私は紹介されていた学校の入学式にやって来た。
本音を言えば、オープンキャンパス的な様子見をしてから参加を決めたかったけど日にちが合わず、直接入学となった。
「えー。あ、あ。まずは入学おめでとうございます。式の前にですね、みなさんにしてもらうことがあります」
三十人くらいが集められた会議室のような部屋に二人の職員が入ってきて、そのうちの一人がホワイトボードの前に立ち、オープニングトークが始まった。
「あー。まずは体を綺麗にして下さい」
およそ三十人はざわつく。綺麗ってどういうことだ?
「えー。殺菌スプレーを頭からかぶっていただきまして、消毒していただきます」
職員はよく見ると少し変わった目の色をしていて地球人ではなさそうだった。だから言葉がちょっと怪しいのか。それにしても若い。就職がうまく行かなかったと思われる若者は明らかにムッとした様子を見せたが、何人かの氷河期世代は苦笑いを浮かべた。後から入社した若者が(例え異星人であっても)スキルなど自分たちと同じ条件でも、正社員採用で初任給も自分たちより高いなんてよくある話だからだ。
「検査技師ってことは無菌室で働くような仕事だものな。まずは自分から殺菌というわけだ」
私は若い職員に助け舟を出した。
「でも今は関係なくないですか?」
若者から声があがる。
「いや、心掛けが大事ってことだよ」
「……なるほどですね」
他の氷河期世代も同調してくれて文句を言いかけた若者もその手を引っ込めた。何となく氷河期同士で視線を合わせてそれぞれうなずいた。
「えー。それでは次に、服を着替えて下さい」
「えっ?」
「まあよれた一張羅のスーツだもんな」
「そうそう。検査技師だもの。医者の白衣やナース服みたいに専用の服があるに違いない」
「入学式の後にクラス分けとグリーティングがあるそうだから、その時にしかるべき服装の説明があるんじゃないかな」
次第に私たち氷河期に穏やかな団結が生まれつつあった。同窓となる若者たちもおとなしく我々に追従した。きっと誰も、自身に問題があってうまく就職できなかったわけじゃない。ただタイミングや運が悪かっただけだ。
会議室の後ろの方は簡易的な更衣室が作られており、男女に分かれて着替え始める。
「えー。それでは次に、この首輪をつけて下さい。学生番号が入っています」
「首輪!?」
「腕輪ですらなくて??」
さすがにみんなざわついた。そんな私たちを気にする様子もなく二人の職員が順に長机に首輪を置いていく。
「あー。先に渡した学生番号と首輪に記された番号が合っているか確認下さい。違う人は名乗り出て下さい」
「あっ、分かった!」
誰かが声をあげた。
「腕輪では番号が服で見えなくなってしまうからじゃないですか?」
「そうかも知れないですね。ほら」
視線を巡らせ一人の女性に目がとまる。その女性は半袖の検査着のような学生服(?)の上に自前のカーディガンを羽織っていた。
「……すみません何か……」
その女性は申し訳なさげに体を縮めた。
「いや、あなたが悪いわけじゃないよ」
「そうそう」
「首輪は今時ふつうです」
それまでひとつも喋らなかったもう一人の職員が唐突に話し出して私たちは少し驚いた。
「……あ、そうなんだ」
「なるほどね〜。今ってそうなのね」
「我々が現役だった学生時代からずいぶん経ってるからね!」
「そりゃ今の流行りは分からないわ」
わははと笑い声が上がった。会議室はだんだんと朗らかな空気になっていった。
「はい。次に身体検査です」
「身体検査は今時ふつうです」
「こちらへどうぞ」
これはまあ、初日に健康診断がある学校もあるということでみんな疑問はなかった。導かれるままにぞろぞろと部屋を出て行く。
身長体重とよくあるメニューの後に血圧測定や血液検査があった。今時の学生の健康診断は血液検査までするんだなあと思いながら、一瞬で出る結果を看護師とおぼしき担当と一緒に見る。
「け、血圧正常値、け、血糖値も正常。成人病もなし。栄養不足なし。け、血液型普通……」
普通って何だ? と思ったが次々表示される結果を見ていく。
「最後にいくつか問診させていただきますすす。あなたのけ、血統は純粋な地球人ですか?」
「え? あ、まあそうですね」
突然の出身への質問に私は面食らった。今時、地球人だとか地球人外だとかを表立って言われるとは思っていなかった。
「本当ににに? 三代前まで遡って。火星人の血は交じってませんですね?」
「はい。うちは生粋の地球人です」
火星人は親地球家で有名な隣人だ。今や二つの星に壁などないはずだが、それにしてもこの質問の意図は何だ? いやそれ以前にこれって健康状態と関係がなくないか。私の疑問をよそに担当は粛々と進める。
「ふううう。それは良かったです」
いくつかの質問を終えて担当は上機嫌で判を押した。表情の読めないぬっとした顔をした担当は上機嫌に見えた。
あ……何だかこの担当者も。火星人ですらないような
優の判がが押された。私は判のおされた結果表を持って健康診断会場を出た。
「優の人はこちらへ。可はそっちです。あ、不可の人はあっち。最優の人はどうぞどうぞこちらでございます!」
別の職員が手を振りながら人をさばいている。私たちは結果により右へ左へと分かれていく。
案内された部屋は待合室のようなところで、パイプ椅子が横に一列に並んでおり来た順にそこに座らせられる。
「何で健康診断で振り分けられるんだろう?」
ふと疑問を口にした私に隣に座った人が返す。
「クラス分けって言ってましたよ」
「え……そうなの?そんな体質とか健康状態で分けるものなの?」
待合室は白い部屋で、そこはどこか手術の準備室のようだった。まあでも手術の時にこんなに人がいるわけない。見渡すとクラスメイトとなる人たちは私よりも若いか、あるいは健康そうな人ばかり。何となくだが可以下のクラスには肥満だったり痩せすぎだったり……年齢が高めだったりした人が振り分けられていたような。あと火星由来の触角が生えてる混血の人も。学校のこれに何の意味があるんだろう。少し妙だなと思い始めていると、職員が三人ほど何やら器具を持って入ってきた。
「お待たせしました。それでは次にクリームを左右の肩全体に塗ってもらいます」
「クリーム?? 何のクリーム?」
さすがに全体がざわついた。そんなことなどまるで気にする様子もなく職員が指示を出す。
「まずは左の着衣をまくって下さい」
それから一人ずつ立たされ右手を出すよう指示される。そこにチューブからぬるっとジェルタイプの怪しい何かがそれぞれの手に出された。
「クリームを塗るのは今時ふつうです」
「肩全体にクリームを塗ってのばして下さい」
我々氷河期は今時の若者が真っ青になるであろうパワハラにアルハラ、それらの荒波を超えてきた。どんな無茶振りにもイエスしか言えない世界を生きてきたのだ。
「……」
いやいやいや。
さすがに意味が分からないし、肩という部位指定もおかしい。おかしいと思い始めると何もかもおかしく思えてくる。謎の緑色のクリームを塗られた右手を見下ろして思い返す。
消毒、首輪、血液型や出自の確認……。
何かまるで……まるで……
「まるで」
思わず口に出る。私はそこでピタリと止まった。
「まるで、何です?」
「今時ふつうです」
三人のうち二人の職員が不思議な眼差しでこちらを振り返る。そう、不思議だった。目玉があり視線もあるけどどこも見ていないようなまるで人形のような取ってつけた眼差しである
あれっ。この人たちもしかして地球人どころか火星人ですらない? 最近、火星人の他の星の人も地球に入植してきてると聞くが……
「気をつけて下さい。最近地球人外による地球人の誘拐が増えています」
「不正入国相次ぎ……」
「詐欺に加担……詐欺グループ」
「地球人もしくは火星人のふりをしています。そのように姿を変えている場合があります」
最近のニュースが思い浮かぶ。異星人はいい人ばかりではない。その中にはもちろん悪い宇宙人もいる……。
急激に何かに気付いて私は震え始めた。
「どうしました? 何か体調に不良でもありましたか?」
「これが終わればいよいよ入学式ですよ。さあさあ早く、さあどうぞ」
変な地球語だ。違和感がある。その物言い、まるで地球に歩み寄っている感じがない。
見やるとさあどうぞと指された奥の部屋の扉がわずかに開いている。そこから強過ぎる照明が一筋漏れていた。何故そこまで明かりが強いのか。まるで手術室みたいじゃないか。
職員に誰も地球人がいない。それはもはや間違いがなかった。地球において地球人が一人もいない組織なんてさすがに異質だ。
「あはは……」
笑うしかないように思った。
「体調ではなく精神に不良がありますか?」
「ふつうですか?」
「いや、あの」
クリームを右手に塗りつけられたままでだらだらと冷や汗を流しながら私は手から顔を上げた。
「これは…これはまるで…人体じっけ」
ん、と言い終わる前にピーッと笛だか何かが鳴った。チクリと先程つけた首輪から小さな痛みが走り急激に意識が遠のいて行く。
「ああっ。どこか不良ですか?」
「大変だあ。貧血ですね。貧血に違いないです」
どやどやとどこからともなく職員が現れて私を取り囲んだ。今更だが集まってきた人の中にも一人も地球人はいそうになかった。
「健康室に運びましょう!」
「そうしましょう」
「急いで急いで」
あの不思議な眼差しに囲まれて、わっせわっせと胴上げのように私は担ぎ上げられる。中にはたどたどしい言葉遣いの者もいるが、全員が驚くべきチームワークで速やかに私は退場させられて行く。視界の端で私と同じクラスになる人たちも震え始めているのが分かった。
私は最後の意識の中でつぶやいた。
「あの、地球人は急病人を運ぶ部屋を健康室とは言わないんですね……」
ああ。検査は検査でも検査される側。検査と言うか実験される側じゃないか。それにしても言わざるを得ず、私はかろうじて言い切る。
「そこはね、そこは保健室って言うんです……」




