永遠にこの真実が沈黙されることを願って
ケセル公爵家の大奥様こと、先代公爵夫人アガテ・ノルー・ケセルが亡くなったのは雨の日だった。
それから彼女の葬儀の日まで雨が続いたので、残された家族や召使い達は天におわす女神も泣いているのだと噂し合った。
アガテ夫人は若い頃から美貌で有名だった貴婦人だったが、何よりその温厚で優しい性格が誰にも愛された。
少し茶目っ気のあるところ、頭が良く人を見る目があるのに驕らないところ、分け隔て無く人に接するところ。
特に先代ケセル公爵は夫人を溺愛していたと言っても過言ではなく、アガテ夫人の兄ディーンが突然に失踪した時も手を尽くして探させたと言う。
嫁の立場であるクロエも姑のアガテが大好きだった。
だから本当に悲しくて堪らなかったのだけれど、いつまでも泣いてばかりいることは出来ない。
五年前に亡くなった先代ケセル公爵の隣にアガテの亡骸を埋葬した後で、彼らはそのまま墓地から教会に赴いた。
クロエの夫、ケセル公爵のバルデスが代表として、丁寧にお礼を述べる。
「母のためにあんなに立派に葬儀を執り行って下さって。 本当に有難うございました」
老いた大神官レヴーは沈痛な顔をして頷いた。
「アガテ様は本当に立派な御婦人でした。 必ずや女神様の御許に迎えられることでしょう」
「ううっ……」
在りし日の姿を思いだしたクロエはまた涙がこみ上げてきてしまった。
バルデスは思わず妻の肩を強く抱きしめたのだった。
「今は悲しいでしょうが、きっとアガテ様はあなた方が長く悲しまれることを望んではおられないでしょう。 どうか故人を偲ぶ心だけに囚われぬように……」
優しい表情を浮かべてレヴーはそう告げると、仲良く家族で帰って行くケセル公爵家の後ろ姿を静かに見送った。
――彼らが去ってしばらくした後。
レヴーは自室に戻って、引き出しの隠し底から一通の封をされた手紙を取り出す。
その手紙の封を開けることなく、彼は素早く燭台から火を点けて、皿の上で完全に燃やしてしまった。
ふと窓から見れば、雨が静かに降っている。
「あれからもう、30年ですか……」
レヴーはそう呟いた。
◆
先に告げておく。
私が神官レヴーを拳銃で脅し、教会の私の墓の下にディーン・レフォンの亡骸を埋葬させた。
よってレヴー殿はディーンの殺害とは完全に無関係である。
私が何故このような手紙の形で奴の殺害の証拠を残したのか。
それはひとえに愛する我が妻アガテのためである。
現在、アガテは妊娠している。
待ちわびた我が子を、その腹に大事に宿してくれているのだ。
だがディーンは……いや、あの獣は。
アガテの実の兄でありながら、身ごもっている妹に欲情して襲いかかろうと計画していたのだ。
私には全く理解できぬし理解しようとも思わぬが、妊婦にしか欲情しない鬼畜外道もこの世界にはどうやら存在するらしい。
アガテは何も知らない。
彼女を襲うための道具を揃えていたディーンの、あの行動の異常に私が気付き、問い詰めた時にもみ合いになって殺したことも、その後でレヴー殿を脅して女神教会の墓地にディーンを埋葬させたことも、一切知らない。
アガテ。
この手紙が公になった時には私は既に世に亡く、レヴー殿もおられぬのだろう。
どうして実の兄を殺したことを沈黙していたのかと、君が私を責めても仕方の無いことである。
けれどこれだけは信じてくれ。
私は君を愛している。
君と、君が大事に宿してくれている我が子と、君の笑顔を何よりも愛している。
ケセル公爵 セルネスト・フォルノ・ケセル
永遠にこの真実が沈黙されることを願って
◆
「最初は沈黙していることが恐ろしかった。 女神様の教えに反しているのではないかと怯えていた。 けれど……けれど。 あの幸せな家族の姿が沈黙の答えであるならば、これはきっと女神様の思し召しなのでしょう」
灰を砕いて捨てたところで、レヴーは激しく咳き込んだ。
若い者であれば風邪にもならないが、年老いた彼の体では耐えられぬ重い病に彼はかかっていた。
これも女神様の思し召しだろうかと彼がわびしく思った時だった。
ふと、窓から光が差し込んで、彼は思わず振り向く。
「おお……」
彼の口から驚きともため息ともつかない小さな声が漏れた。
いつしか降り続いた雨は止んでいた。
――遙か遠くの空に、虹がかかっている。




