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"よるをてらすほのお"

掲載日:2026/04/16

真っ黒なネイビー色の夜

暗いアパートの一室

パソコンのモニターの中で、浅黒い男が「夜中腹減んないすか」と言っている


時間は深夜、日付の変わる辺り

確かに、烏有もお腹が空いて居た




考えてみれば、18時頃からずっと酒しか口にして居ない


厳密に言えば、水も飲んだし氷も食べたが、それらも言ってみれば酒の構成成分だ

一般的人類の『夕飯』に相当するものを、面倒過ぎて作る事すら出来て居なかった



「…………草でも食うか」


うつろな眼でふらりと立ち上がると、冷蔵庫へ向かう

『草』とは、生野菜の事だ


烏有はカロリーを信仰して居る

生野菜は、彼にとって例外無く単なる『草』だった


野菜室の引き出しを引く

中身はいずれも調味料ばかり

野菜など、買って居ない以上、存在しても居なかった



「…………………」


野菜室を閉じる

今度は冷蔵の扉を開けた


夜の只中で、暗闇の自動販売機のように冷蔵庫が発光する

缶入りのワインと蜂蜜酒が、軍隊のように整列して居る


他にはスーパーの見切り惣菜と、鶏卵1パックが入って居るだけだった



見切り惣菜のパックを手に取る


「食べるか」と、ぼんやり思考する


冷蔵庫で湿りながら劣化した安コロッケのまずさが不意に脳裏を、踏切の先を走る列車のように駆け抜けていった



「…………オーロラソース……?」


顎に手を当てて、この事態を打開出来る勇者の心当たりを検討する


開け続け過ぎた冷蔵庫が、不愉快そうに警告音を出し始める


機械はいつもそうだ

自らは動ぜずして、絶えず人間側に行動を要求する


烏有は酩酊のせいなのか、この夜の中に限っては、それに従いたく無いと思って居た



オーロラソースは美味い


しかし、烏有の想像や記憶の中のオーロラソースは、この絶望を跳ね返す程の力は持って居なかった



「調味料は、まあまあ有るんだよな……」


最早、野菜室まで解き放ち、分析を開始する


『醤油みりんが食べたい』という、漠然とした感覚が在った



「『コロッケ蕎麦』………!?」


「いや、蕎麦が無い………………」


朦朧の中で、救いの蜘蛛の糸をふらふらと探し出すような作業だ

意識すればする程に、空腹という迷宮の奥へと入り込んでしまう


その後、烏有は30分程の思考の格闘の後に、「コロッケを卵とじする」というソリューション、一種の天啓に辿り着いて居た



「なんだ」


「なんなのだ、これは!」



「どうすればいいのだ!?」


コンロのつまみをカチカチ鳴らせど、そこから現れる筈の文明の炎は一向に姿を現さない



「…………Eli, Eli, Lema Sabachthani(神よ、神よ、何故わたしを見捨てたのですか)!?」


恐慌に陥りながら、烏有はコンロのつまみをカチカチする


元栓が空いて居なかった




色々はあったが、かくして卵とじは完成した


調理法としては「卵焼き用のフライパンにコロッケを二個配置し、そこに調味料と溶き卵、玉ねぎを入れて加熱、玉ねぎに火が通ったら出来上がり」というものだ

本来なら白米が必要だったり、あるいは火を通す順番を工夫したり、溶き卵に下味を付ける等も良かったのだろう


しかし、深夜に酔っ払った成人男性には、そんな思考能力は存在して居なかった

むしろ、脳機能がゾンビ並みと仮定するなら、無事故で玉ねぎを切る事が出来たのは奇跡に等しかった



「うわっ、すっごい美味しい……」


深夜に食べる料理はどの道、総て美味しい


加熱した明日からのカロリー管理は、ついに危険な領域に突入して居たが、最早そういう事を考える段階には無かった

何故なら、醤油味で煮込まれたコロッケは玉ねぎの風味も相まって、とても美味しかった



………何かの漏れる音がする


酔いから来る耳鳴りかとも思ったが、そうでは無かった

鼻に『よくない臭い』を感じる

調理後の不始末によるガス漏れだった



「あっ……!!!」


烏有程の人間であっても、有事の際は酔いが覚める事も在る

特に、今が特別そういう瞬間だった


過集中が生み出すスローモーションのような時間の中で、烏有は駆けた


部屋の窓

サッシに飛び付き、鍵を回す


勢い良くレールの上を、サッシを滑らせる



レールから摩擦によって生まれた火花が音を立てて、部屋に幾つも飛び散っていった

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