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第4話 ヴェルナ・グロースの視点

 世界は、一度崩壊した。

 五十年前。

 後に「ホワイトウォーズ」と呼ばれる戦争で、すべてが崩れた。

 国家は利権のために牙を剥き、秩序は音もなく崩壊した。国連の力は地に落ち、大国の指導者は暗殺され、資源は奪い合われ、仕事を失った者。帰る場所を失った者、自国を捨てなければならない者たちが溢れかえり、彼等は難民として様々な国へ散っていった。

 

 怒りと不安と欲望だけが、街に満ちていた。

 あの時代を、ヴェルナは覚えている。

 ——汚かった。すべてが。

 だからこそ、必要だったのだ。

 「整える者」が。

 戦後、世界統一政府機構が設立され、その中枢として「倫理調整機関」が生まれた。

 混乱した価値観を均し、暴走する社会を抑えるための、暫定的な装置。

 初代代表は、穏やかな男で、人格者だった。

 学識があり、理想を語り、対話を信じていた。


 だが——私にはそれとは別の野望があった。


 教育に「倫理ガイドライン」を導入し、報道に節度を求め、社会の熱を冷ます。

 それは確かに一定の効果をもたらした。

 だが、それだけでは足りない。

 人間は、そんな程度で変わる生き物ではない。

 欲望は、形を変えて残り続ける。

 彼は二十年で退いた。

 人々は彼を「良き調整者」として記憶したが——それだけだ。

 世界は、まだ歪んだままだった。

 だから——次は、私の番だった。

 ヴェルナ・グロース。

 すでに決めていた。

 中途半端な秩序など、意味がない。

 徹底しなければ、何も変わらない。

 代表に就任したその日から、組織は変わった。

 まず、機関の名前を変更した。

 倫理調整機関からドウトク秩序連合。

 そして、国の機関から離れ独立機関としてスタートをした。

 まず私が掲げた表向きのスローガンは


「秩序の維持」

「市民の健全な意識育成」

「女性の権利の向上」




 その響きは清潔で、誰もがうなずきやすいものだった。各国の政治家やメディアは彼女を称賛し、国際舞台では“新時代の倫理の守護者”として脚光を浴びる。教育現場には「ドウトク・ガイドライン」が流れ込み、テレビや新聞は「正しい価値観」の旗を掲げて報道を行うようになった。


 だが、その仮面の下に潜むのは、誰にも明かされぬ野望だった。


ヴェルナの本心――それは、美貌や性を武器にする人達を社会から抹消することであった。


 ヴェルナの過去を遡る。

――学生時代、彼女はクラスメイトの男子に恋をしていた。

 ある時、思い切って告白を決意し、手紙を書いてクラスの皆がいないときを見計らい、彼の机の引き出しに入れた。

 文面はありきたりだったが、彼女にとっては人生最大のイベントだった。


 校庭の裏で彼を待ち、意を決して告白した。


 だが返ってきた言葉は、青天の霹靂だった。


「は? マジで言ってんの? オマエさ鏡で自分の顔見たことあんの? お前ちょーブスじゃん。全然キョーミねーし。ぶっちゃけ、俺はF組のゆなって子がタイプなんだよな」



 その後、彼女は美しくなるための努力を惜しまなかった。毎朝10キロのランニング、週5のジム通い、最新のメイクや流行のファッションも学んだ。だが生まれ持った容姿を変えることは容易ではなく、意を決して臨んだ整形手術も失敗に終わった。


 その瞬間、彼女は強く決意した。


――世の中から、容姿の良い女を全て排除する。


 これが後の"ドウトク秩序連合"の始まりである。



 代表となった彼女は、組織の看板を巧みに塗り替えていった。名称を「倫理調整機関」から「ドウトク秩序連合」へと変更。そして、政府の管轄から外れ独立機関とし、名実ともに社会規範を直接支配する存在へと姿を変えたのだ。


 メディアは《女性の権利を守る活動家》としてヴェルナを持ち上げた。だが裏では、夜の店や性表現を扱う雑誌・映像産業への圧力が静かに強まっていった。警察機関と連携して摘発を繰り返し、取り締まりを合法化する法案を各国へと押し通した。


 もちろん抵抗はあった。かつては日常の一部であり、性産業よりも"カルチャー"としての色が強かったストリップ劇場やナイトクラブは文化的な価値があると強く訴え、グラビア産業は「娯楽の多様性」を叫んだ。


 また、各大学でも表現の自由を守るための抗議活動が行われた。

 が、世論は彼らに味方をしなかった。


 ヴェルナの方が一枚上手だった。


 彼女が主に性産業をターゲットにしたことによって多くの人の賛同を得たからだった。

 


 ヴェルナはただ規制を強めるだけではなかった。

 彼女はSNSを武器として使った。

 彼女は巧みに「敵」を作り出し、それを叩くことで世論を味方につけていた。


 SNSでは「若い女性を搾取する業界」や「男の欲望に媚びる文化」が炎上の的にされ、あらかじめ放たれた工作員が火を煽った。


 やがて、それを信じた一般市民までもが「正義」の旗を掲げて糾弾に加わる。


 ――ヴェルナにとっては、用意された筋書き通りの舞台にすぎなかった。


 彼女はSNSがどれだけ社会へ影響を与えるか理解していた。


「性産業は女性搾取である」


「露出は犯罪を助長する」


「子どもたちの未来を守ろう」



――これらの言葉を短く鋭く切り取り、無数のアカウントから発信させた。工作員を潜り込ませ、世論を二分させ、対立を煽る。抵抗者たちには「時代遅れの差別主義者」とレッテルを貼り、次第に彼等は声を失っていった。


 いつの間にか、街からはネオンサインが消え、雑誌の水着グラビアは姿を消し、表通りの温もりはひっそりと地下へ潜った。

 警察に強制力がなかった時代にはそれなりに栄えていた産業も、SNS世論とメディア圧力の前には無力だった。


 ヴェルナはそのすべてを冷徹に観察していた。

 彼女にとって重要なのは

▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 “美 貌 を 武 器 に す る 女”

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 を、表舞台から消し去ること。

 彼女の心にこびりついた復讐心は、半世紀近い時を経てもなお色褪せてはいなかった。



 そしていま――


 ヴェルナ・グロースは影の支配者として君臨する。


 だが。

 完全な排除など、存在しない。

 地下に潜る者たちがいる。

 記憶を持つ者たち。

 そして——知らないはずの世代までも。

 火種は、消えない。

 どこかで、必ず燻る。

 ヴェルナは窓の外を見下ろした。

 整いすぎた街は、どこか無機質だった。

 それでも——間違ってはいない。

 私は世界を正した。

 そう、信じている。

 だが同時に。

 胸の奥に残る、あの言葉だけは——

 いまだに、消えない。

       「お前はブスだ」


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