第1話 古本屋の隅で
その日、相澤めぐみは埃っぽい空気を吸い込みながら、古書店の奥に進んだ。
大学のレポートに必要な資料を探し、図書館や本屋、古本屋など、ほうぼう探し回っていたときだった。
テーマは「旧時代における視覚表現の変遷」。
だが、どの資料も同じ内容しか書いていない。
教科書も一様に「過去の過剰な表現は社会を不安定にした」と断じている。
だが、その“過剰さ”が何だったのか、具体例はどこにもなかった。
写真も、映像も、ただの一つも残されていない。
ただ、資料には
「過度な表現は社会を歪めた」
「倫理規制により健全化された」
(それで、どうやって判断しろっていうの……?)
まるで、誰かが都合よく書き換えた歴史のようだった。
(本当に、そうだったの?)
疑問はあった。だが、それ以上踏み込むのは危険だと、どこかで理解していた。
アーカイブ資料を探していたはずが、なぜか「禁書」と書かれたコーナーの札に目が止まった。
黄色く変色したラベル。
誰も近づかない古書店の隅。
まるで、そこだけ空気が淀んでいるようだった。
一瞬、足が止まる。
監視カメラの位置を無意識に確認する。
この世界では、“何を見るか”すら記録される。
それでも――なぜか目を逸らせなかった。
彼女は無意識に一冊の古い雑誌を手に取った。
表紙は剥げかけていたが、タイトルはまだ読めた。
『週刊Fresh・Bomb 20☓☓年7月号』
その紙の感触は、今の書籍とは違っていた。
少しざらついていて、妙に“生々しい”。
パラパラとめくる。
次の瞬間、時間が止まった。
そこには、水着を着た若い、恐らく自分と同じくらいの年齢の女性がこちらを見て微笑んでいた。
初めて見るグラビア写真。
眩しいまでの情熱的な肢体。
エネルギーに満ち溢れた笑顔と身体。
隠されていない。
抑えられていない。
ただ、そこに“在る”。
相澤めぐみは衝撃を受けた。
(こんな写真……今、見るだけで逮捕される)
喉が渇く。
心拍数が早くなる。
それなのに、目が離せない。
生まれたときから表現の自由の無い世界しか知らない彼女にとって、これは異世界の遺物だった。
ページをめくる指が震えた。
そこには、かつて「普通」だった自由が、鮮やかに残されていた。
笑顔。
視線。
身体のライン。
どれもが、教科書で否定されてきたものだった。
(どうして、これが……悪なんだろう)
最後のページをめくる。
そこには手書きのメモがあった。
インクは少し滲んでいる。
時間の経過を物語る、かすれた筆跡。
《これを見つけたあなたへ
この笑顔が、グラビアがいつか罪だと言われる日が来るかもしれない。
それでも、どうか忘れないでほしい。
これは誰かを支配するためじゃなく、
ただ「生きている」と伝えるために残されたものだ。
正しいかどうかは、あなたが決めてほしい》
めぐみはしばらく動けなかった。
まるで、自分に向けて書かれた言葉のように感じた。
店内の奥で、誰かがページをめくる音がした。
あるいは、それは気のせいだったのかもしれない。
彼女はそっと雑誌を閉じる。
だが、その笑顔は、もう頭から離れなかった。
その夜、めぐみは眠れなかった。
頭の中に、あの笑顔が鮮明に残っていた。
(あれが表現の自由か……)
そして、もう一つ。
(……私は、あれを見てしまった)




