第2話:冒険者の不満を掴め:顧客ヒアリングとペーシングの極意
デッドエンド・ダンジョンの受付。
エルフの少女リリエルは、冒険者AとBに深々と頭を下げていた。
彼女は元冒険者志望だったが、臆病な性格が災いし挫折。現在は受付兼広報担当として、耕太の隣でダンジョン経営を学んでいた。
「なんだよ、このダンジョンは!聞いてた話と全然違うじゃないか!レア素材は出ないし、モンスターの配置も単調でつまらない!」
冒険者Aの怒鳴り声が、受付に響き渡る。
リリエルは困り顔で「申し訳ありません…改善に努めます…」 と返すのが精一杯だった。
「もう二度と来るか!」
吐き捨てるように言い放ち、冒険者たちが去っていく。
リリエルは肩を落とし、うなだれた。
耕太は受付の陰からその様子を見ていた。
彼の脳裏には、前職で経験した、クレーム対応の難しさが蘇る。
ブラック企業では、顧客の不満は「面倒なもの」として扱われ、真摯に向き合うことはほとんどなかった。
しかし、その「顧客の声」こそが「改善のヒント」であり「宝」だという知識だけは、彼の頭の片隅にあった。
だが、この異世界で、どのようにその声を引き出すべきか。
「リリエル、またクレームか…。どうせ無理難題ばかりだろう」
耕太の言葉は、リリエルの苦悩を慮るものだったが、彼女の顔には
「はい…。どうすればいいのか、もう分かりません…」
と、諦めの色が濃く浮かんでいた。
メティスが光の粒子となって現れた。耕太の心の問いに応えるかのように、彼女は語り始める。
「耕太よ、その認識では良き経営者にはなれぬぞ。古き世界の商いの書には、『顧客の声こそ、改善の宝なり』と記されている。
彼らの不満こそが、お主のダンジョンが進化する糧となるのだ」。
耕太はハッとさせられた。
顧客の声は、宝。その通りだ。
しかし、どうすれば、この異世界で、感情的なクレームの奥にある真のニーズを掴めるのだろうか?
「そして、相手の心を開くには、『ペーシング』の技が有効だ」 とメティスは続けた。
「顧客の声が宝?ペーシング?」
耕太は聞き慣れない言葉に戸惑う。
「うむ。まず、冒険者一人ひとりを深く理解することだ。彼らが誰で、何を求め、何に困っているのか。古き世界の『ペルソナ』という概念を使い、架空の理想の顧客像を設定してみよ。
そして、その『ペルソナ』が満足するダンジョンを想像するのだ」。
ペルソナ。
かつて、マーケティングの入門書で読んだことがある概念だ。
顧客を「年齢」「職業」「趣味」「行動パターン」といった多角的な視点から具体的に設定し、あたかも実在する人物のように深く理解することで、その顧客が本当に求めているものを見抜く。
異世界で冒険者という括りの中でも、様々な目的やレベルの者がいるはずだ。
その一人一人を想像することで、サービスをパーソナライズできる。
これは、ブラック企業の型にはまった企画書作りでは決して得られなかった「顧客像」を明確にする強力なツールだ。
「なるほど、冒険者の『理想の冒険』を具体的に想像するんですね!」
耕太は、このビジネススキルが異世界でどう応用できるか、具体的にイメージし始めた。
「その通り。そして、『ペーシング』だ。相手の話し方や呼吸、身振り手振りに合わせることで、無意識のうちに親近感を抱かせ、信頼関係を築くのだ。
その上で、具体的な質問で、彼らの真のニーズを引き出すのだ」。
ペーシング。
それは、相手に「この人は自分を理解してくれている」という安心感を与えるための非言語コミュニケーションスキルだ。
相手のペースに合わせることで、心の壁を取り払い、本音を引き出す。前職では、常に自分の意見を押し通すことを求められ、相手の「ペース」に合わせるという発想すら湧かなかった。
異世界の冒険者相手に、この「傾聴」と「同調」のスキルが通用するのだろうか。
数日後、ダンジョンの休憩所。
耕太とリリエルは、休憩中の冒険者たちに声をかけていた。
リリエルは不安そうだったが、耕太は彼女の肩を軽く叩き、アイコンタクトで励ました。
耕太は、先ほどの冒険者Aの話し方を思い出し、少し身をかがめて、落ち着いた声で話しかけた。
「先日、ご不満な点があったと伺いました。大変申し訳ありません。もしよろしければ、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?」
彼の声のトーンは、冒険者Aの低い声のトーンに合わせた。
冒険者Aは最初警戒していたが、耕太の真摯な態度に少し口を開いた。
「…ああ、まぁな。このダンジョン、モンスターの種類が偏ってるんだ。特定の素材が欲しいのに、全然手に入らなくてな」。
リリエルは、耕太の真似をするように、冒険者Aのゆっくりとした話し方に合わせ、問いかけた。
「特定の素材が手に入りにくいんですね…。それは、どんな素材でしょうか?」
冒険者Aは、リリエルのペースに合わせた問いかけに、少し驚きながらも、
「…ああ、ゴブリンの牙とか、スライムの粘液とか、ポーションの材料になるやつだ」
と答えた。
耕太はメモを取りながら頷いた。
「なるほど。ポーションの材料になる素材ですね。それは、冒険者さんたちにとって、とても重要なんですね」
耕太の言葉は、冒険者Aの言葉を「バックトラッキング(反復)」することで、理解を示していた。
「そうだ!効率よく稼ぎたいのに、これじゃあな!」 冒険者Bが身を乗り出す。
耕太とリリエルは互いに目配せし、頷いた。
彼らは、冒険者の具体的な不満(素材の偏り、モンスターの単調さ)の裏にある、真のニーズ、「効率よく稼ぎたい」という彼らの切実な願いを掴んだのだった。
このニーズこそが、デッドエンド・ダンジョンが提供すべき「価値」なのだ。
耕太は、顧客の真のニーズを深く理解するための「顧客ヒアリング」と、信頼関係を築く「ペーシング」の力を学んだ。
このスキルを実践することで、デッドエンド・ダンジョンは、冒険者の声に応え、少しずつその姿を変え始めるだろう。
ようこそ、新たなビジネスの舞台へ!
デッドエンド・ダンジョン経営者の山田耕太です。 僕が突然転移してきたこの異世界で、戸惑いながらも学んできた「世界の仕組み」や「常識」「ビジネススキル」について、みなさんに共有できれば幸いです!