第16話:ブルダの葛藤:失敗を恐れないチームを作る心理的安全性
ダンジョン改修プロジェクトの現場は、活気に満ちているはずだった。
しかし、モンスター調教師のオーク、ブルダの周囲だけは、重苦しい空気が漂っていた。
巨大な岩塊を運ぶゴブリンたちが、わずかに資材の配置をミスした瞬間、ブルダの低い唸り声が響いた。
「おい、何やってんだ!こんなミス、許されると思ってんのか!貴様らはデッドエンドの面汚しだぞ!やり直せ!」
ゴブリンは怯え、顔を伏せた。
その後の作業で、別のゴブリンが小さなミスをする。だが、ブルダに怒鳴られるのを恐れて、資材の陰に隠して隠蔽してしまった。
その光景を、耕太は眉をひそめて見ていた。
彼の脳裏には、前職のブラック企業で、ミスを恐れるあまり、問題が隠蔽され、後に大きなトラブルへと発展した苦い経験が蘇る。
「ブルダさん、そのやり方では、ゴブリンたちが萎縮してしまって、ミスを報告しなくなってしまいました。
それでは、もっと大きな問題に繋がってしまう。どうすれば、彼らが安心して働けるようになるんでしょうか?」
ブルダは苛立ちながら言った。
彼の顔には、苛立ちと同時に、部下が育たないことへの焦りが浮かんでいた。
「ミスはミスだ!厳しく指導しないと、また同じことを繰り返す!俺はモンスターたちを最高の戦力にしたいんだ!」
光の粒子が、耕太の視界の隅に集まり、メティスが姿を現した。
彼女の声は、耕太の焦燥感を鎮めるかのように、静かに響き渡った。
「耕太よ、それは『心理的安全性』という概念に関わる問題だ 。古き世界の、とある研究(アリストテレス・プロジェクトの研究)では、成功するチームの最も重要な要素は、この心理的安全性であると結論付けられている 。
これは、強固な『チームビルディング』の礎となるのだ 。」
「心理的安全性?チームビルディング?」耕太は聞き返した。
彼の知る「チームワーク」とは、個々が与えられた役割を全うし、協力し合うという漠然としたものだった。
「うむ。『心理的安全性』とは、チームのメンバーが、無知、無能、邪魔、ネガティブだと思われることを恐れずに、安心して発言できる環境のことだ 。
失敗を恐れず、疑問を呈し、新しいアイデアを提案できる空気のことだ。そこでは、ミスは責められるべきものではなく、学びの機会として捉えられる 。」
メティスは魔力投影で、心理的安全性の高いチームと低いチームの特徴を比較する図を示した。
低いチームでは、メンバーの口が固く閉ざされ、顔には不安の色が浮かんでいた。高いチームでは、メンバーが活発に意見を交わし、笑顔で協力し合っていた。
「なるほど、ミスを報告しないのは、怒られるのが怖いから、ということですね。言いたいことが言えない環境だと、チームは成長しない。前職の僕の部署みたいだ…。」
耕太は、自らの過去の経験と重ね合わせ、その重要性を痛感した。
「その通り。心理的安全性が低いチームでは、メンバーはリスクを避け、本音を隠す。結果、問題は表面化せず、イノベーションも生まれぬ 。では、どうすれば心理的安全性を高められるか?」
「どうすればいいんですか?」
耕太は真剣な眼差しでメティスを見つめた。
「まず、リーダーが自ら弱みを見せ、失敗を許容する姿勢を示すことだ 。完璧である必要はない。自らの失敗談を語り、完璧ではないことを示すことで、部下は心を開きやすくなる。
次に、メンバーの意見を積極的に傾聴し、承認すること 。たとえ意見が異なっても、その発言自体を肯定し、彼らの存在を認めるのだ。
そして、建設的なフィードバックの文化を醸成することだ 。個人を責めるのではなく、問題そのものに焦点を当て、共に解決策を探るのだ。」
ダンジョン改修現場で、耕太はブルダに、自身の過去の失敗談を話していた。その声は、静かでありながら、彼の心からの言葉だった。
「僕も昔、大きなミスをして、誰にも言えずに抱え込んだことがありました。その時は、本当に孤独で、全てを諦めようかと思いました。
でも、信頼できる上司が『失敗は学びの機会だ』って言ってくれて、すごく救われたんです。完璧な人間なんていない。だからこそ、お互いを支え合う必要があるんです。」
ブルダは驚いたように言った。彼の表情には、耕太への新たな敬意が浮かんでいた。
「耕太様にも、そんなことが…。あんたも、俺と同じように悩んだことがあったのか…。」
「そうです。だから、僕自身が、まず失敗を恐れない姿勢を見せて、ブルダさんにもそれを伝えて、ゴブリンたちの話を聞くことから始めるんですね!彼らが安心して、本音を話せる環境を作るんです。」
ブルダは、耕太の言葉に深く頷いた。
彼の顔から、これまでの苛立ちが消え、新たな決意が宿っていた。
彼はゴブリンたちの小さなミスを見つけても、以前のように怒鳴らず、代わりにゴブリンの前に膝をつき、目線を合わせて優しく問いかけた。
「何が起きたんだ?どうすれば、次はうまくいくと思う?お前たちの意見を聞かせてくれ。」
彼の声は、以前とは比べ物にならないほど穏やかだった。そして、彼らの努力を「よくやった」と承認し始めた。
デイリーミーティングでは、「今日の失敗と学び」を共有する時間が設けられた。
最初は戸惑っていたゴブリンたちも、耕太とブルダの姿勢に励まされ、少しずつ、安心して発言できるようになる。
ゴブリンAがおずおずと口を開いた。その声は、以前の怯えとは異なり、微かに自信を含んでいた。
「…今日、資材の数を間違えました。
でも、ブルダ様が教えてくれた新しい確認方法で、次からは間違えません。」
ブルダは笑顔で言った。
「よし!気づいたなら大丈夫だ!次から気をつけろよ!お前の学びは、他の仲間の役にも立つぞ!」
チームの雰囲気は目に見えて明るくなっていった。モンスターたちは、以前よりも活発に意見を交わし、互いに助け合うようになった。ミスが隠蔽されることはなくなり、問題は早期に発見され、チーム全体で解決されるようになった。
耕太は、チームにおける「心理的安全性」の重要性と、それがパフォーマンスにどう影響するかを学んだ。
ブルダは、リーダーとして失敗を許容し、傾聴と承認を実践することで、強固な「チームビルディング」を進めた。デッドエンド・ダンジョンは、失敗を恐れない、真に強い組織へと成長していく。
それは、単なる指揮系統の改善ではなく、心の絆で結ばれた、真の共同体の誕生だった。
ようこそ、新たなビジネスの舞台へ!
デッドエンド・ダンジョン経営者の山田耕太です。 僕が突然転移してきたこの異世界で、戸惑いながらも学んできた「世界の仕組み」や「常識」「ビジネススキル」について、みなさんに共有できれば幸いです!




