第10話:過去の影を乗り越えろ:リリエルのタイムラインセラピーとリフレーミング
広報室には、使い込まれた魔法帳簿と、書きかけのプロモーション企画書が散乱していた。
リリエルは、机に突っ伏すようにして、新しいプロモーションのアイデアを練っていたが、手が止まっていた。
その顔には、深い不安の色が浮かんでいる。彼女の瞳は潤み、その奥には過去の影が色濃く見えた。
「また…また失敗したらどうしよう…。あの時のように、みんなを危険に晒してしまったら…。」
彼女の脳裏には、過去の冒険者時代、まだ未熟だった頃、特定のトラップに迂闊に引っかかり、パーティーの仲間を危険に陥れた苦い経験がフラッシュバックしていた。
その時の仲間の怪我、そして自分を責める声が、今も耳に残っているようだった。
耕太が部屋に入ってきた。
リリエルの様子を見て、すぐに異変に気づいた。
「リリエル、新しいプロモーションの進捗はどうかな?何か困っていることでもあるのかい?顔色が優れないようだが…。」
リリエルは慌てて企画書を隠した。
無理に笑顔を作ろうとするが、その表情はこわばっていた。
「あ、耕太様!いえ、その…なかなか良いアイデアが浮かばなくて…。どうも煮詰まってしまって…。」
耕太はリリエルの隣に座り、彼女の肩に優しく手を置いた。
彼女の震える指先から、深い不安が伝わってくる。彼は無理に話させようとはせず、ただ静かに寄り添った。
「リリエル、何かあったのか?無理しなくていいんだ。話せる時で構わないから。」
光の粒子が、耕太の視界の隅に集まり、メティスが姿を現した。
彼女の声は、耕太の心の問いに応えるかのように、静かに響き渡った。
「耕太よ、人の心は時に過去の経験に縛られる。その鎖を解かねば、真の力は発揮できぬ。古き世界の心理学には、『タイムラインセラピー』という考え方がある 。
これは、過去の出来事を時間軸上の体験として捉え、その意味を再構築する技術だ。」
「タイムラインセラピー?」
耕太は聞き返した。
彼の知るビジネススキルでは、過去の失敗は反省材料として捉え、未来に活かすものだったが、感情的なトラウマを直接扱う方法は知らなかった。
「うむ。リリエルは、過去の失敗を『二度と繰り返してはならない、自分は無能だという証』と捉えている 。
その重荷が、彼女の行動を制限しているのだ。だが、その経験は本当にそれだけの意味しか持たぬのか?」
メティスが耕太の思考を促す。
メティスは魔力投影で、過去から未来へと伸びる時間軸のイメージを示した。その時間軸の上には、リリエルの過去の失敗が、重い石のように鎮座しているかのようだった。
耕太はハッとしたように言った。
「そうだ…!彼女が冒険者の気持ちを誰よりも理解できるのは、あの失敗があったからこそだ…!
あの痛みを知っているからこそ、冒険者の安全を第一に考え、彼らに寄り添った企画を立てられるんだ!」
彼の心に、リリエルの失敗の「別の意味」が閃いた。
「その通り。
ここで役立つのが『リフレーミング』だ 。ネガティブな出来事や特性を、異なる視点から見てポジティブな意味付けに変えるのだ 。
リリエルの失敗は、『無能の証』ではなく、『冒険者の心の痛みを理解する、貴重な経験』としてリフレーミングできる 。」
メティスの言葉は、耕太の心をさらに深く揺さぶった。
彼は、この「リフレーミング」が、単なる言葉の言い換えではなく、心の認識そのものを変える強力な魔法だと感じた。
リリエルは、耕太とメティスの言葉を聞き、涙を流しながらも、その瞳に微かな光を宿した。
「あの時の失敗が…今の私に繋がっている…?私の、この臆病さや、冒険者の安全へのこだわりが…、あの失敗があったからこそなの…?」
彼女の心の中で、過去の重い石が、少しずつ形を変えていくのを感じているようだった。
「うむ。過去の経験は変えられぬが、その経験が持つ意味は変えられる 。
過去の自分を癒やし、その経験を未来の成功への糧とすることで、リリエルはさらに強く、そして優しい広報担当へと成長するだろう。」
メティスが優しく語りかける。
耕太はリリエルの隣に座り、彼女の手をそっと握った。その手は、まだ微かに震えていたが、以前のような冷たさはなかった。
「リリエル、あの時の失敗は、確かに辛かっただろう。
でも、その経験があったからこそ、君は冒険者の気持ちが誰よりも分かるようになったんじゃないか?
君は、誰よりも冒険者の安全を願い、彼らが本当に求めるものを理解できる広報担当だ。それは、誰にも真似できない、君だけの最高の強みなんだ!」
リリエルは涙を流しながらも、ゆっくりと顔を上げた。
彼女の瞳には、過去の影が薄れ、新たな光が灯り始めていた。
「あの時の失敗が…今の私に繋がっている…!そうか、私、あの失敗があったからこそ、今の私になれたんだ…。」
彼女の顔に、微かな笑顔が浮かんだ。
「そうだ。
その経験を活かして、未来のデッドエンド・ダンジョンがどうなっているか、想像してみよう。君が最高のプロモーションを企画し、冒険者たちが笑顔でダンジョンを楽しんでいる姿を。その時、君は何を感じるだろう?」
耕太は、リリエルに未来の成功イメージを具体的に描かせた。
リリエルは目を閉じ、メティスの魔力投影された時間軸の上で、未来の自分へと意識を飛ばすかのようだった。
未来のデッドエンド・ダンジョンで、冒険者たちが笑顔でスキルを学び、仲間と共に達成感を分かち合っている光景が、鮮明に見えた。
自分自身が、その光景を創り出す中心にいることを想像した。彼女の表情は、見違えるように明るくなっていった。
「私、頑張ります!あの経験を無駄にはしません!むしろ、あの経験があったからこそ、最高のプロモーションを企画できます!」
彼女の目には、迷いが消え、新たな決意と自信が宿っていた。
耕太は、過去のネガティブな経験を再構築し、前向きな行動へと繋げる「タイムラインセラピー」と「リフレーミング」の力を学んだ。
それは、単なるビジネススキルではなく、人の心の奥深くに触れ、トラウマを癒やす異世界ならではの魔法のような力だった。
リリエルは自信を取り戻し、デッドエンド・ダンジョンは、また一つ、心の成長を遂げ、新たな可能性の扉を開いたのだった。
ようこそ、新たなビジネスの舞台へ!
デッドエンド・ダンジョン経営者の山田耕太です。 僕が突然転移してきたこの異世界で、戸惑いながらも学んできた「世界の仕組み」や「常識」「ビジネススキル」について、みなさんに共有できれば幸いです!