鉢の木③
母屋に戻ると、岩崎小五郎が血眼で平九郎を探し求めていた。端女となった平九郎を呼び止めると、「客人はどこに行った?」と聞く。そこで、離れで姿を見かけたと教えておいた。
厨房で慈悲の姿を見つけると、「こちらへお出でなさい」と手を取った。慈悲は恐怖で顔を歪め、端女たちは係わり合いを恐れて逃げ出して行った。
端女となった平九郎は慈悲を引きずるようにして館から出た。館では騒動があったようで、二人が出て行くのに気がつかなかった。
(可哀そうに。あの意地悪女。岩崎めに討たれたか)と平九郎は、ほくそ笑んだ。
「お放しください」と慈悲がか細い声を上げた。
「ああ、そうだった」と平九郎は慈悲の手を離した。
「私をどうしようと言うのです?」と慈悲が聞く。
「そなたを、館から逃がしてやろうと言うのだ」
「逃がす?」
「相模太郎のもとに連れて行ってやろう」
「相模様のもとへ⁉」
慈悲の顔がぱっと明るくなった。相模太郎のことが忘れられなかったようだ。何故、女が急に心変わりしたのか不思議だっただろうが、慈悲はそれ以上、何も尋ねなかった。
相模に向けて歩き始めたが、季節は冬で雪が降り始めた。ろくに旅支度もせずに館を飛び出して来たことを後悔した。
「女二人、何と言う恰好で旅をしておる⁉」
男に声をかけられた。
――野盗の類か⁉
と警戒したが、旅の僧だった。
「なんだ。坊主か」
「なんだ坊主かではない。そんな恰好で旅をしていると、野盗の恰好の餌食となるではないか」
そうだ。だから平九郎は誰かと入れ替わろうと考えていた。だが、僧は駄目だ。殺生ができない。旅の僧は親切にも、寺に寄って蓑や雨傘を調達して来てくれた。
「どこまで行く?」と聞くので、「相模に向かうつもりだ」と答えると、「そうか。私は鎌倉へ向かっておる」と言い、「坊主でもいた方が安心だろう」と旅の供を買って出てくれた。親切な僧だ。道中、聞かれるがままに、慈悲を連れて多田館を出た経緯を話して聞かせた。
無論、平九郎がうつりぎの術で端女と入れ替わった話は伏せておいた。
「ふうむ。ふむふむ」と僧は熱心に話を聞いてくれた。
程なく、貧祖な館が見えて来た。
「雪が強くなって来た。今晩はあの館に宿を借りることにしよう」と僧が言い出した。
僧が宿を請うと、館の主は「貧しき故、客人をもてなすことができませぬ」と断った。
「もてなしは不要です。軒下でも雪を凌ぐことが出来れば、それで結構」
「ああ、確かに雪が強くなって来たようですな。分かりました。何のおもてなしもできませぬが、それでも宜しければお泊りください」
「女連れなのですが、構いませぬか?」と僧が背後に控える平九郎と慈悲を振り返る。
「妻女をお連れなのですか⁉」と主が目を剥く。
僧が慌てて弁解する。「いえいえ、旅の空、難儀をしておった様子でしたので、連れとなっただけです」
「なるほど。分かりました。まあ、あばら家ですが、お入りください」
主は三人を招き入れると、「こんなものしかございませぬ。笑ってやってください」と栗飯を振舞ってくれた。
「とんでもない。こんな寒い日は、体が温まります」
三人は口々に主に感謝しながら、栗飯を食べた。
「見たところ、由緒ある家柄のようにお見受けいたします」と僧が言うと、「自分は佐野源左衛門常世と申します。鎌倉殿の旗揚げ以来の御家人で、以前は三十余郷の所領を持つ身分でしたが、憎き多田国忠に親族を闇討ちにされ、利を以て家臣を誘われ、恥ずかしながら、すべて奪われてしまいました。このように落ちぶれてしまい、ご先祖様に申し訳が立ちませぬ」と主が答えた。
多田一族と所領争いを繰り広げていた佐野家の主だった。
「多田国忠、どこまでも卑劣な男よ」と平九郎が男言葉で言うものだから、佐野が奇異の眼差しを向けた。
「理由なく所領を奪うことは禁じられているはずです」と僧が言う。
第二代執権、北条泰時の手により武家の行動規範を説いた法令、御成敗式目が制定され発布されていた。
「得宗殿の眼もここまでは届きませぬ。それを良いことに多田国忠はやりたい放題なのです」
佐野常世が身の上を語る内に、囲炉裏の火が消えそうになった。常世は薪を取りに行ったが、三鉢の鉢植えの盆栽を抱えて戻って来た。
「生憎、薪もございません。祖父以来、大事に育てて来た松、梅、桜の盆栽ですが、往時を忍ぶことができるだけで、今となっては無用のもの。これを薪にして、暖を取りましょう」と言って火にくべた。
「誠に申し訳ございません」と慈悲が蚊の鳴くような声で礼を言う。
「なんの。お気に召すな。このように貧しい暮らしをしておりますが、鎧と長刀、そして馬だけは残してあります。一旦、鎌倉殿より召集があれば、痩せ馬に鞭打って、いち早く鎌倉に駆け付け、命がけで戦う覚悟でおります。はは」と佐野は笑った。
「あっぱれな心掛け!」と平九郎が手を叩いて誉めそやした。