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うつりぎ  作者: 西季幽司
鎌倉時代編
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鉢の木②

 宴席の隅で平九郎を睨みつけながら酒を飲んでいる男がいた。

 その突き刺すような視線が気になった。「あれは、どなたでしょうか?」と多田国忠に聞いてみた。

「ああ~あれは岩崎小五郎と申してな。そなたが切り捨てた男の弟よ」と言って、国忠は「がはは」と笑った。

 何が可笑しいのだ。配下の家人を斬られて平気なのだろうか。

 それでも酒が入ると、一座はくつろいだ雰囲気となった。踊り出す者がいて、それなりに場は華やいだ。平九郎は居心地の悪さを感じながら、場の雰囲気にのまれて行った。

 縁もたけなわとなった頃、一人の雑仕女が宴席に酒を持って現れた。雑仕女にしておくのが勿体ない程の美貌だ。観音様を思わせる神々しい美しさを持った少女だった。

 少女が宴席に入って来た途端、騒がしかった宴席が水を打ったかのように静まり返った。少女を見る男たちの眼には、羨望と、そして何故か憐憫の情が浮かんでいた。

 平九郎が「美しい娘でございますな」と多田国忠に聞くと、「いや、なに」と苦々し気に返事をしただけだった。

 何か曰くがありそうだ。

 隣で盃を傾けていた武士に「端女(はしため)にしておくのが勿体ないような娘でございますな」と尋ねると、「この館を生きて出たければ、余計な詮索はしないことだ」と怖い顔で言われた。

 国忠の合図で少女が宴席を遠ざけられると、緊張の糸が切れたかのように、場は元通り乱れた。ただ、一人、岩崎小五郎だけは、平九郎を呪い殺すかのように見つめていた。

(そろそろ潮時だ)と平九郎は思った。

 これ以上、ここにいると、どんな厄災に巻き込まれるか分からない。腕の立つ平九郎を酔い潰して始末しようという算段なのかもしれない。その方が、被害が少なくて済む。

 隙を見て逃げ出そうと、小用に立つ振りをして宴席を抜けると、廊下の向こうから女の怒鳴り声が聞こえた。

(何事?)

 足音を忍ばせて廊下を渡ってゆくと、先ほどの少女が痩せた目つきの鋭い女に「全く、この子は酒の給仕ひとつ、満足に出来ないのかい⁉」と怒鳴られていた。

「また虐められている」

「慈悲様。お可哀そう」

 隣から声がした。部屋を覗くと端女が二人、掃除の手を休めて、少女を見守っていた。

「これお女中」と声をかけると、一人が「ひっ!」と声を上げたので、「しい~」と人差し指を立てて口に当てた。

「あの少女、何か曰くがありそうだが、どういった素性なのだ?」と平九郎が聞くと、端女たちは警戒を解いた様子だった。


――先のご領主様の忘れ形見。


 と端女は言った。

 先の領主、多田国光は国忠の兄であり、鎌倉武士にしては風流を愛する優男だった。都風の優雅な生活に憧れ、京より上臈を迎えて妻とし、二人の間に生まれたのが美しい姫、慈悲だった。慈悲の美貌は関八州で評判となり、相模の有力武士である相模太郎より正妻として迎えたいという申し出があった。

 多田国光にとって、願ってもない縁談だった。そして、婚儀まで後ひと月となったある日、所領を接する佐野氏と諍いが発生した。

 どうせ百姓同士が水を巡って争ったのが発端の小競り合いだ。何時ものように兵を出せば落ち着くはずだった。多田国光は兵を連れて館を出た。そして、佐野氏との小競り合いの最中に戦死してしまった。


――これは噂なのですが、討ったのは佐野の武士ではなく、お味方だったとか。


 端女が声を潜めながら言った。国光は弟の国忠に背後から襲われ、絶命したというのだ。その証拠に国光の背中に刀傷があった。

 国忠は「敵に背を見せて逃げようとするからじゃ。兄者の卑怯者め」と国忠を罵り、所領を全てわが物にしてしまった。所領欲しさの犯行だったのかもしれない。

「それで縁談はどうなった?」

「ご領主様は相模様に慈悲様は亡くなった。代わりに、自らの姫君はどうかと尋ねたそうでございます。生憎、ご領主様の姫様は・・・その・・・」

「器量がよろしくない?」

「はい。相模様に断られてしまいました」

「なるほど。それで、慈悲様を下女として使っている訳ですな」

「はい。お可哀そうに。女中仕事など、やったことがないお方。上手くできないのは当たり前でございます」という端女の言葉には、少し棘があった。

 状況は理解できた。この館に仕える武士たちは先代領主のもとでも戦働きをしていたはずだ。慈悲はかつての領主の娘だ。それで、宴席の武士たちが慈悲を見る目に憧憬と同情が入り混じっていたのだ。

(そういうことであれば)と平九郎は慈悲を叱り飛ばす端女に歩み寄ると、「お女中。少々、ご相談したきことがございます」と声をかけた。

「わたくしめに相談事?」と年嵩の端女は不思議そうな顔をした。

「私の眼をご覧下さい」

 平九郎の眼を見た女がとろんとした目をした。うつりぎの術だ。うつりぎの術を使えば、相手を意のままに操ることができる。

「内密の話故、人の参らぬところがよろしいでしょう」と言うと、「では、こちらへ」と女が平九郎を(いざな)った。

 離れの一室で平九郎は女を押し倒した。そして、情を交わし、入れ替わった。

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