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うつりぎ  作者: 西季幽司
新作(江戸時代編)
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越後伝吉⑤

「暫く羽を伸ばしてきます」と言っていたのに、せんが戻って来た。

「大変でございます」と浅野育三郎となったせんが言う。

「これ。少し落ち着いたらどうだ。一体、何があったのだ?」と聞くと、「伝吉様がお縄になりました」と言う。

「伝吉が捕まった?」

「はい」

 京都所司代よりの文を大岡に届けたせんは、縄をかけられ、奉行所に引っ立てられて来た伝吉を見たと言う。

「伝吉が奉行所に?」

「何でも倉賀野宿の外れで飛脚を斬った咎で召し捕られたそうです」

「飛脚を斬った⁉」

「そうでしょう。私だって、信じられません。あの伝吉さんが、飛脚を斬っただなんて」

「それは・・・」と平九郎は絶句すると、絞り出すように言った。「私だ」

「お武家様が⁉」

「うぬ」と平九郎は事情を話した。

 伝吉が飛脚に化けた護摩の灰に襲われていたので、それを助けた。そして、背後から飛脚に襲われ、咄嗟に斬ってしまった――と教えると、「そうですか・・・何故、伝吉さんが飛脚殺しで捕まってしまったのでしょうね・・・」とせんが心配そうな顔をした。

 その通りだ。誰も見ていなかったはずだ。

 ことは急を要す。

 平九郎がせんの体を抱き寄せた。

「あれ。お武家様。こんな時に何を?」とせんが悲鳴を上げた。

「体を返せ。私が奉行所に行って、事情を説明して来る」

 平九郎がもろ肌脱ぐ。

「分かりました。分かりましたから、私の体でそのような、はしたない真似は止めてくだされ」

「では、おぬしに任せた」

「自分の裸を見ても興奮しませぬ」

「面倒なやつだ」と平九郎はふうと息を吹いた。

 薄紅色の柔らかい光が部屋に充満する。ふわふわとした雲の上に、二人はいた。せんが恍惚として表情を浮かべる。平九郎はせんを押し倒すと馬乗りになった。


 伝吉の為に証言をしたいとせんは平九郎と共に奉行所に行くと言って聞かなかった。浅野育三郎に戻った平九郎はせんを連れ奉行所に出頭した。

 大岡忠相に会うと、平九郎は飛脚を斬ったのが自分であることを説明し、伝吉は無罪であると訴えた。

「左様か。飛脚は護摩の灰であったか。遺骸を調べたところ刀傷があり、どうやら一刀のもとで斬り殺された様子と聞き、伝吉の仕業にしては妙なと思っておったとことだった。伝吉を取り調べたところ、自分を助けようとした侍が斬ったと申しておった。おぬしの仕業であったのだな」と大岡が言う。

「しかし、一体、何故、伝吉が飛脚殺しで捕まったのでしょうか?」

「飛脚殺しは伝吉の仕業だという訴えがあったのだ」

「訴えがあった? 一体、誰が?」

「伝吉の妻、梅とその母、早よりの訴えだ」

「何と!」

「自分の亭主が下手人だと訴え出るとは裏がありそうだの」

「実は――」平九郎は、伝吉がせんに預けた金を梅が取りに来たこと、そして、梅は見知らぬ男と一緒だったことを大岡に伝えた。

「伝吉が奉公に出ている間、別の男と深い仲となり、伝吉が邪魔になったのだろう。虚偽の訴えにて公儀を惑わすまど、不届き千番。懲らしめてやらねばならぬの」

「それにつきましては、私に良い考えがございます」

「では、おぬしに任そうか」

「それで、飛脚を斬り捨てた私の罪は?」

「そうであったの。相手が護摩の灰であったこと。伝吉を助けようとしての止む無き所業であったこと。公儀の使いの最中であったことを考え合わせると、罪には問わないことにしよう」

「ありがとうございます」

「但し、無用な殺生は慎むように」

「心得ました」

 牢獄から解き放たれた伝吉をせんが満面の笑顔で迎えた。

「おせんさん。それにお武家様。お二人が私を助けてくださったのですね」

「とにかく、無事で良かった。大岡様のことだ。きちんと調べもせずに裁きをくだすとは思っていなかったがな」

「はい。わたくしの話をきちんと聞いてくださいました」

「ところで伝吉――」と平九郎は伝吉が下手人だと訴え出たのは梅であったこと、そして、せんが梅が男と金を取りに来たが、全部は渡さなかったことを伝えた。

「左様でございますか・・・」

 伝吉にも事情が飲み込めた様子だった。

「これからどうする?」と平九郎が伝吉に聞くと、せんが「うちにいらっしゃいな」と言った。

「三浦屋へ?」

「亭主をお縄にするような女なんて、離縁しておしまいなさいまし。好きなだけうちにいてもらって構いませんから」

「はい。ありがとうございます」と伝吉がせんに手を合わす。

「止めてくださいな」

「では、私も高崎まで一緒に参ろう」

「お武家様は、どちらに?」

「伝吉。おぬしの家まで行って参る。虚偽の訴えをした梅、早の母子をきつく叱って参るためにな」

 こうして、平九郎、せん、伝吉の三人は高崎宿を目指した。

「ところで伝吉。おぬし、一体、いくら持っておったのだ?」

「はい。百両ほど」

「百両⁉ 一体、どうやって、そのような大金を稼いだのだ?」

「大工仕事にございます」

 伝吉は腕の良い宮大工のようだ。江戸に出て、あちこちの神社、仏閣の建立、修復に従事して百両もの金を稼いだということだった。

「そうか。宮大工か」

 宮大工と言えば大工の中でも別格だ。稼ぎも良いはずだ。

 平九郎は高崎で二人と別れると、越後に向かった。伝吉より梅への離縁状を預かった。流石に愛想が尽きてしまったようだった。

 伝吉の家の所在は分かっていたが、家が近づくと「伝吉が江戸で稼いだ百両を騙し取った梅と早の家を探しておる」と言い、ほうぼう、訪ね回った。

 そして、梅と早を尋ねると、「大岡越前守様よりの言付けだ。よく聞け」と二人を平伏させると、「梅、早、そのほうら、虚偽の訴えにて御公儀を騙し、惑わせること不届き千番。本来ならば、きつい仕置きを命じるところなれど、今回に限って不問と伏す故、以後、心を入れ替え、正直に暮らすように――とのことだ!」と大音声で怒鳴りつけた。

 梅と早が恐れおののいたことは言うまでもない。平九郎は伝吉より預かった絶縁状を梅に渡した。

 二人が百両の金を持っていることを平九郎が触れ回った為だろう。その後、梅の家では直ぐに強盗に入られ、有り金一切、盗み取られてしまったようだった。

 江戸への帰途、高崎宿の茶屋で一息入れると、茶屋の主人に宿場の状況を聞いた。黒門助右衛門が急死した後、鉄火の安治一家を継いだ小安が高崎宿を仕切っていた。これで、三浦屋も商いを再開できるはずだ。

 平九郎はそのまま高崎宿を通り過ぎた。

 その後、伝吉はせんと一緒になったと風の噂に聞いた。

元ネタにないことで話を膨らませている内に、長くなってしまった作品。「おせん」というキャラが気に入って、暫くレギュラーを勤めてもらおうかと考えたが、平九郎の相手が「おせん」ばかりになってしまいそうで諦めた。

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