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うつりぎ  作者: 西季幽司
新作(江戸時代編)
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越後伝吉④

 旅籠の留守を預かったが暇だった。

 黒門助右衛門との間のごたごたを何とかしないと、せんが戻って来ても旅籠を続けることが出来ない。女の身だが、平九郎なら、単身、黒門一家に乗り込んで行って、黒門助右衛門を血祭に上げることなど容易いことだ。だが、そうすると、せんが詮議がかかって、お縄になってしまう。

 慎重にことを進める必要がありそうだ。

 暫く、黒門一家を見張ることにした。

 黒門助右衛門は表向き、大黒屋という両替商を営んでいる。両替商とは名ばかりで、金貸しだ。高利で金を貸し付け、返せないとなると、家屋敷を取り上げ、妻や娘は吉原に売り飛ばして金に換える。そして、宿場町を野盗から守るという名目で、店々からみかじめ料を徴収していた。

 ある夜、平九郎は大黒屋の隣にある上州屋という旅籠の屋根に上り、大黒屋の屋敷の様子を確かめた。一度、手下を連れて通りをねり歩いていた黒門助右衛門の姿を見ていた。顔は覚えた。大黒屋の奥に、黒門助右衛門が寝起きしている部屋があるようだった。

 そうこうしている内に、鉄火の安治から呼び出しがあった。


――何の用があるのだ?


 と安治一家を訪れると、目つきの鋭い狐のような顔をした若い男が出迎えてくれた。

「こちらへ」と奥に案内してくれる。

 屋敷の奥では、安治が臥せっていた。

「おう。おせん。久しいな」と安治が顔だけ傾けて笑ったが、その笑顔は弱々しかった。

「鉄火の安治の旦那」

「何時も通り安爺でいい」

「安爺。具合はどうだい?」

「見ての通り、わしはもう長くない。おせんの父御とは竹馬の友でな。わしの家は貧乏だったもんで、おせんの家で飯を食わせてもらったことが、何度も会った。お陰で飢えずに済んだ。おせんがわしに義理立てして、黒門の野郎にみかじめ料を払っていないと聞く。そのせいで客足が遠のいているそうだの。わしへの義理立ては止めて、黒門の野郎にみかじめ料を払いな。もう十分だよ」

 安治は苦しい息の下で、そう言うと、ぐったりした様子で黙り込んだ。

「別に、安爺に義理立てして、みかじめ料を払っていない訳ではない。ただ単に黒門が気に入らないだけさ」

「はは。父御にて気性の真っすぐな女子(おなご)よな。わしが元気なら、あんな野郎をのさばらせてはおかないのにな」と安治が言うと、「すみません。親分。あっしが情けないばかりに、黒門の野郎に、この宿場を乗っ取られてしまって・・・」と狐顔の男が頭を下げた。

「小安にも言っているんだ。わしに義理立てせずに黒門のもとに行けってな」

 男は小安と言うらしい。

 安治は「これが今生の別れよ」と言い、形見の品だと言って大層、見栄えの良い煙管をくれた。

「小安。送ってさしあげろ」

 玄関まで送って来た小安に「あんた。黒門さえいなくなれば、この宿場を取り戻すことができるかい?」と聞いてみた。

「黒門の野郎がいなくなれば、昔の仲間を呼び戻すことができるでしょう。あっしが黒門一家に代わって、この宿場を仕切ってみせますぜ。鉄火の安治一家を返り咲かしてみてえ」

「そうなれば鉄火の小安一家だね」と言うと、小安は驚いた顔をした。

 そんなこと、考えてもいなかったということだろう。いい男だ。

 その日、平九郎は高崎宿を発つと倉賀野宿に向かった。急げば往復できる。倉賀野宿で弓矢を手に入れると、高崎宿に取って返した。足がつかない為だ。

 数日後、夜半。上州屋の屋根の上に平九郎はいた。

 上州屋の屋根から大黒屋の奥座敷までざっと六段弱といった距離だ。平素の腕っ節の強い武士である時の平九郎なら、どんな的でも難なく射抜くことができる距離だが、今は女の身だ。腕力が足りない。人目を忍んで、弓を得て感触を確かめてみたが、昼間ならともかく夜となると、若干、不安が残った。幸い、蒸し暑い夜で座敷の戸が開け放たれている。灯篭の灯りで、部屋の中がよく見えた。

 黒門助右衛門が脇息にもたれながら、金勘定をしていた。やつの日課だ。余程、がめつい男のようだ。

 平九郎は弓を構えると、きりりと引き絞った。


――なあに。早弓にも自信がある。最初の矢を外しても、二の矢、三の矢と放てば良い。


 そう割り切って、ひょうと矢を放った。

 矢は闇夜を切り裂いて飛んだ。そして、狙い過たずに黒門助右衛門のこめかみに突き刺さった。黒門助右衛門の上体が揺れる。次の瞬間、平九郎の放った二の矢がこれまた黒門助右衛門の首筋を射抜いた。

 黒門助右衛門は、声を立てることもできないまま、崩れ落ちた。

 平九郎は素早く弓矢を片付けると、屋根を伝って逃げた。

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