越後伝吉③
「伝吉の金はどうなった?」と気になったことを聞いてみた。
平九郎は旅の道中で伝吉と道連れになったことを話した。無論、飛脚に化けた護摩の灰を斬ったことは話さなかった。
「ああ、伝吉さん」
せんが言うには、伝吉はせんに大金を預けて行った。せんは証文として名前の入った櫛を渡したと言うことだった。
「証拠の品を預かっておけと言ったのは、わたしだ。後々、面倒ごとになると困るからな」
「そうでしたか」
「それで、金は今、そなたが預かっているのだな?」と聞くと、「いいえ。三日前でしたか。伝吉さんのご内儀とおっしゃる方が来て、櫛と引き換えに金を引き取っていかれました」とせんが答えた。
「ほほう~それはまた早かったな。当座の金は持って帰るように言っておいたのだが」
「私に預けておくのが心配だったのでしょう」
「信用できる女子だと伝吉は言っておったぞ。それで、伝吉も一緒だったのか?」
「それが――」とせんは眉をひそめた。
「ご内儀と若い男が一緒でしたが、伝吉さんではございませんでした」とせんが言う。
「確か、伝吉は父御の遺言で、おば、お早の面倒を見ていて、その娘、お梅と夫婦になったと申しておった。お梅が来たのではないのか? しかし、伝吉以外の若い男と一緒だったとは妙だな」
「はい。櫛は確かに私が伝吉さんに渡したものでした。ですが、ちょっと妙だと思ったものですから、一部のお金は伝吉さん、ご当人がお出ましになった時にお渡しする約束になっていると言って、全ては渡しませんでした」
「それは賢明な判断であった」
「先方は大層、ご立腹で、奉行所に訴え出ると息巻いていました」
「はは。残りの金は伝吉に渡せば良いだけだ」
「はい。お武家様もお金が目当てでございますか?」
せんの目がきらりと光る。
「わたしが金目当てであったのなら、そなたは今頃、三途の川を渡っているところだ」
「おお~怖い」とせんが肩をすくめた。
匂い立つような色気だ。
「お武家様。お腹が空いたでしょう」とせんが食事を準備してくれた。美味かった。気っぷの良い女子だが、家事もそつなくこなすようだ。
後片付けもほどほどに、「お武家様。始めましょうか」とせんがしなだれかかって来た。
「何を・・・」
「野暮なことをおっしゃいますな」
「そう申しても・・・」
「客なんて、誰もいやしませんよ」
「おせん。交われば、入れ替わってしまうのじゃ」
「何を馬鹿なことを。何時もこんなことをやっている訳じゃあ、ありませんよ。お武家様が初めてだ。助けていただいたのに、他に何もできませぬから」
「礼などいらぬ・・・」
「私がお嫌いで?」
「そんなことはない」
もう我慢できなかった。平九郎はおせんを床に押し倒すと、裾に手を入れた。
「可愛がっておくんなさいまし」とせんが呻いた。
小半時後、目を覚ましたせんは「あら、まあ~?」と声を上げた。
「だから言ったであろう。情を交えれば入れ替わってしまうと」
「てっきり私を避ける為の口実かと思っていました。本当に男になったのですね」
せんは男になった体を撫でまわした。
「そうだ。安心しろ。もう一度、情を交えればもとに戻ることができる」
「あら。もう一度だなんて、好色な旦那だこと」と言って、せんとなった平九郎に着物を着せ始めた。
裸の自分を見ていられないようだ。
「ふざけているのではない」
「大丈夫ですよ~一遍、男に生まれてみたかった」
せんは喜んでいる様子に見えた。
「おぬし、喜んでいるのか?」
「申したはず。気ままに旅でもしてみたいって。女の身では一人旅もままならず、こんな旅籠に縛り付けられて生きて来たのです。ねえ、お武家様。暫く、この体、借りても良いかしら?」
「それは困る。京都所司代より大岡様への文を預かっておる。それを届けねばならない」
「あら、それくらい、お安い御用。一度、江戸に行ってみたかったんだ~」
「うぬぬ・・・」
「よろしいじゃありませんか。飽きたら戻って参りますので。そしたら、お武家様のお望み通り、もう一度、情を交わして差し上げます」
「ふざけているのではない」
「ダメですか?」
「旅籠はどうする?」
「閉めておしまいなさい。どの道、客なんて来やしませんから」
「そうか・・・まあ、それも面白いかもしれぬな」
こうして、せんと平九郎は当面の間、入れ替わることになった。平九郎は女として生きて来た経験があるが、せんは男として生きるのが初めてだ。細々としたことを、お互い、その夜のうちに相手に伝えた。
「伝吉が尋ねて参ったらどうする?」
「そうですね。お金は――」と残った金のありかを聞いておいた。
せんがため込んでいた金は旅の資金も必要な為、折半した。
「それじゃあ、お武家様。あ、いえ。今は私がお武家様か。おせんさん。旅籠をよろしくお願いします」
翌朝にはもう、せんは江戸に向けて旅立ってしまった。




