表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うつりぎ  作者: 西季幽司
新作(江戸時代編)
70/74

越後伝吉①

 平九郎は旅の空の下にいた。

「悪いが、この文を京に届けてくれないか」と大岡忠相に頼まれた平九郎は屋敷に戻らず、その足で京都に旅立った。

 京で人を殺し、江戸に逃げて来た男を捕まえ、京へ送り返したのだが、その後、江戸の住まいを改めたところ、事件の証拠品である煙管が出て来た。殺された者が愛用していたものだった。証拠の品を京都所司代への文と共に送り届けて欲しいという依頼だった。

 貧乏旗本の三男坊だ。無駄飯を食っている浅野育三郎こと、平九郎に向けられる兄嫁の視線が刺すように痛い。平九郎にとっては、渡りに船の依頼だった。

 中山道を行く。倉賀野の宿を過ぎた辺りで、不審な男を見かけた。

 飛脚のくせにのらりくらりと街道を歩いている。宿場まで荷を届けた帰りかもしれないが、それにしては足取りが重い。まるで前を行く旅人をつけているかのようだ。

 目つきが異様に鋭く、頬に薄っすら刀傷のようなものまであった。盗人(ぬすっと)でございますと触れ回っているような顔だ。

 辺りを気にしていて、何度か背後を振り返っていた。平九郎を見ても、気にしていない様子だ。「どうせ刀も抜いたことがないような腰抜け侍」とたかを括っていたのだろう。


――危ないな。


 護摩の灰かもしれない。旅人を装った野盗をこう呼んだ。つかず離れず、飛脚の後を歩いて行った。やがて、人通りが絶え、山道に分け入った。飛脚が周りを気にし出した。そろそろかと平九郎は街道を逸れ、姿を消した。

 案の定、飛脚は早足で前を行く旅人に駆け寄ると、懐からドスを抜いた。

「金を出せ!」と飛脚が怒鳴る。

 線の細い、大人しそうな顔をした男が震えあがっていた。いきなりドスを突き付けられ、腰を抜かしたようで、その場で後ろにひっくりこけた。

「大人しく金を出せば、命までは取らねえ」

「こ・・・この金は・・・越後で待つかみさんの為に・・・持って帰らねばならぬ金・・・」

 旅人は地べたに座ったまま、ぶるぶると震えている。金を持っていると自白しているようなものだ。

 平九郎は音を立てずに飛脚の背後に忍び寄ると、拳を固め、思いっきり、飛脚の後頭部を殴りつけた。

「うがっ!」と飛脚は悲鳴を上げると、頭を抱えてうずくまった。

「大丈夫か。しっかりしろ。ほれ、立ちなさい」

 平九郎が手を差し伸べるのだが、旅人は手が震えてうまく手を掴めない。

「あっ!」と旅人が叫んだ。

 飛脚が背後からドスを手に平九郎に襲い掛かった。

 絶体絶命かに見えたが、次の瞬間、平九郎はくるりと振り返ると、眼にもとまらぬ速さで刀を抜くと、飛脚の胴を二つに割った。居合抜きだ。

 勢いがついていた飛脚は、血煙を上げながら、どうと道端の草むらの中に転げ落ちた。

「おう、しまった。つい、刀を抜いてしまった」

 いくつもの修羅場を潜り抜けて来た平九郎だ。身の危険が迫ると、体が勝手に反射してしまう。

 目の前で飛脚が斬られたことで、驚きのあまり、震えが止まったようだ。旅人はゆっくりと立ち止まると、「あの・・・お侍様・・・危ないところを助けていただき、まことにありがとうございました」と頭を下げた。

「長居は無用だ」と平九郎は旅人を促して歩き出す。

 暫く無言で歩いていたが、旅人が平九郎を怖がっている様子なので、「どうやら金を持っておるようだな。心配するな。私は大岡様のもとで働いておるものだ。怪しい物ではない」と声をかけた。

「江戸町奉行の大岡様!」

「そうだ。大岡様の使いで京まで参る」

「左様でございますか」

 少し、安心した様子だった。

「おぬしは何処まで参る」

「高崎より三国街道を通って越後へ参ります。家に帰るところです」

 旅人は伝吉と名乗った。

「ほう~では、高崎の宿まで一緒に参っても良いが、その後、どうする? その様子だと、おぬし、金を持って歩いていると、皆に触れ回っているようなものじゃぞ」

「えっ!」

 さも大事なものを抱えているかのように伝吉は懐を押さえながら歩いていた。大金を持っていることが丸わかりだった。

「もっと普通に歩けば良い」と言ってみるのだが、「そうおっしゃられても、かような大金、持ったことがありませんので、どうしても気になってしまいます」と伝吉は申し訳なさそうに答えた。

「高崎から先が心配だな。また護摩の灰に襲われなければ良いが・・・」

「それならば――」と伝吉が言うには、高崎に三浦屋という旅籠があって、越後から上京する際に、そこの女中、せんに世話になった。せんなら信用できる。彼女になら、金を預けることが出来ると言うことだった。

「ふむ。ならば、当面、必要な分だけ持ち帰って、残りは後日、取りに来れば良い。預かり証として証文を書いてもらいなさい」

「旦那。私は文字が読めませんので・・・」

「では、証拠の品を預かっておけ。金は証拠の品と引き換え渡すことにしておきなさい。そうしておけば、後で家族のものが取りに来ることができる」

「なるほど。色々、ありがとうございます」

 こうして、高崎の宿で平九郎は伝吉と別れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ