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うつりぎ  作者: 西季幽司
新作(江戸時代編)
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村井長庵①

――家でごろごろしているのであれば、天神様の境内でも掃除をして来ればよいのに。


 兄嫁が侍女に愚痴る声が聞こえて来た。

 貧乏旗本の三男坊、浅野育三郎となった平九郎に聞こえるように言っているのだ。


――なるほど。殺生ばかりしてきた身だ。少しは良いことをしておくか。


「天神様の掃除でもして参ります」と平九郎は箒を持って家を出た。

 貧乏旗本の三男坊は辛い。

 神社の境内を掃除していると、「キャンキャン」と犬の鳴き声がした。様子を見に行くと、一人の男が野良犬を斬り殺している現場に遭遇した。がっちりとした体格の四角い顔をした男で、眉間に大きな黒子があった。盛んに吠え掛かる犬を、一刀のもと、斬り下げた男は「とんだところで二度目の殺生だ」と呟いた。

 平九郎が見ていたことに気がつかなかったようで、男はそのまま歩いて行った。

 男に見覚えがあった。近所に住む村井長庵という町医者だ。平九郎はつい先日まで町医者をやっていたものだから、村井長庵のことが気になっていた。

 町医者と言っても、藪医者として有名で、患者が通っているところなど見たことが無かった。どうやって生計を立てているのか分からない不気味な男だった。野良犬も長庵に危険な臭いを感じて吠え掛かったのかもしれない。


――医者が二度目の殺生とは聞き捨てならないな。


 平九郎は野良犬の亡骸を葬ってやった。

 数日後、今度は、近所に住む男が岡っ引きに縄をかけられ連行されている姿を見た。野次馬が群がっていた。彼らの会話から、男が吉良家の浪人、藤掛道十郎という男らしいことが直ぐに分かった。

 数年前に、三田の札ヶ辻で男を殺害し、金を奪った咎で召し捕られたようだ。殺された男は大金を持っていたようで、峠の茶屋に立ち寄った際に、大事そうに懐を押さえているのを見て、「このお客、慣れない大金を持って気が張っているようだ。端から見て丸わかりだ。盗賊に襲われなければ良いが」と茶屋に主人に見破られていた。

 現場には「藤掛」の名が入った傘が落ちており、それが証拠になったと言う。

「病身の藤掛の旦那が、三田まで行って、人を殺めたって、信じられねえ」と野次馬の一人が言っていた。


――ふむ。何やら、裏がありそうな。


 と思った平九郎の脳裏に、先ほどの長庵が言った


――とんだところで二度目の殺生だ。


 という言葉が思い浮かんだ。


 玄真となった千代を訪ねた。

 元気そうだった。

「まだ、殿方の体に慣れませぬ」と戸惑った様子だったが、生活に不自由はしていないようだった。真面目に町医者をやってきたお陰で、一生、食うに困らない蓄えがあった。

「出来れば女子に戻りたい」と千代が言うので、「もう暫く待ってくれ」と頼んだ。

 出来れば見眼の良い若い娘と入れ替わり、その体を千代に与えたいのだが、貧乏旗本の三男坊に生まれ変わらなければならない若い娘が気の毒だった。女郎屋に行けば、いくらでも見つかりそうだが、千代を女郎にする訳には行かない。

「ひとつ、ご相談があります」と千代が改まる。

「はて、何でしょう?」

「玄真様のお陰で、こうして、なに不自由なく生きて行くことができております。誠に厚かましいお願いだとは思うのですが――」と散々、言いあぐねた挙句に千代が言ったのは、針子仲間に少し融通しても良いかということであった。

「旦那様が奉行所に連れて行かれ、子供を抱えて苦労していると聞きます。奉行所に通っているので、針仕事をこなす時間がなくて、生活が困窮していると聞きました。こんな私に親しくしてくれた、数少ない知人でございます。何かしてあげることは出来ないかと、毎日、思い悩んでおります」と千代が言う。

「はて、その御仁、名は何と申す」

 予感がした。

「藤掛道十郎様の御内儀で、みつ様と申します」

「藤掛道十郎!」

 あの時、岡っ引きに引っ立てられていった浪人の内儀だった。内儀が針仕事で一家を支えていたのだろう。

「人づてに聞いた話ですけど――」と千代が教えてくれたのは、ある時、藤掛道十郎は下痢の病で苦しみ、医者もどきの村井長庵の元を訪れた。その時、番傘を忘れていったと言うのだ。

「藤掛の旦那様が大金を奪ったと言うのなら、何故、みつ様は生活に困っているのでしょう。お役人が屋敷をくまなく探しても、結局、お金は出て来なかったそうです」


――これで、話が繋がった。


 と平九郎は思った。

 村井長庵は何らかの事情で男が金を持っているのを知り、殺して金を奪った。そして、罪を藤掛に着せる為に番傘を現場に残しておいたのだ。

 平九郎は銭箱から十両の金を掴みだすと、千代に「この金をみつさんに渡してあげてください」と言った。そして、「私が奉行所へ訴え出ましょう。貧乏旗本とは言え直参、私が訴え出れば、奉行も無下にはしないでしょう。こういう時、役に立つ。幸い、町奉行の大岡忠相は物分かりの良い男と聞きます。うまくすれば、藤掛殿を救い出せるかもしれません」と言うと、千代は目を輝かせた。

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