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うつりぎ  作者: 西季幽司
新作(江戸時代編)
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天一坊①

 平九郎は町医者、玄真となって市井に生きていた。

 腕の良い医者は直ぐに評判になる。玄真のもとには、毎日、病を抱えた人々が列を成していた。

 そんなある日、一人の町娘が診療にやって来た。

 名を千代と言った。

「時折、胃の腑がいたむ」と言う。

 診たところ、どうも思わしくない。

「今は普通に動いて回れるが、その内、動けなくなって、この冬を越すことは難しいかもしれない」と玄真が言うと、「左様でございますか・・・」と千代は一瞬、目を見張ったが、次の瞬間、諦めの表情を浮かべた。

「亭主や子供はいるのか?」

「私に、そんなもの、持てるはずないじゃありませんか」

 少々、とうがたっているが、身寄りはなく、針仕事で生計を立てていると言う。もともとは武蔵辺りの農家の娘だったらしいのだが、幼い頃に飢饉があり、一家離散。食い詰めて江戸に流れ着いた。

 千代が身の上話をする。「孤児が生きて行くのが、どんなに大変か、玄真様にもお分かりでしょう。御想像通り、いや、それ以上かもしれません。人殺し以外は、ありとあらゆる悪事に手を染めながら育ちました。天罰でございますよ。今になって、真っ当な暮らしをしようたって、仏様が許してくれるはずないってことでしょう」

 千代は寂しそうに笑った。

「ふむ・・・」と玄真は考え込んだ。

 千代なりに過去を悔いて、真っ当に生きようとしているのだ。今まで、散々、苦労をしてきたのだ。それを取り上げるのは、あまりに酷なような気がした。

「これ千代さん。そう簡単にあきらめるものではない。良いか、今日から三日後、もう一度、私のもとに来なさい。私が施術を施してやろう。今、直ぐでも良いのだが、私にも準備が必要だ。良いか。薬代のことなど、気にするな。三日後、必ず私のもとに来なさい」

 玄真はくどい程念を押すと、千代を帰らせた。

 翌日から玄真は診察にやって来る患者に「当分の間、江戸を留守にする。陸奥に残して来た母親が病気でな。医師である私が診に行かない訳には行かない。戻って参る故、待っていて欲しい」と伝えた。

「先生がいなくなるのは困るなあ~」、「頼りになるのは先生だけなのに」、「先生がいなくなると隣町の藪のところに行くしかなくなってしまう。参ったな~」と患者たちは一応に玄真が喜ぶようなことを言ってくれた。

 そして三日後、店じまいをした玄真のもとに、千代がやって来た。

「千代さん。私の言うことを、よく聞きなさい。あなたは私と入れ替わる」と玄真は話し始めた。

 今から玄真と千代が入れ替わる。玄真は千代となって家を出て行くので、千代は玄真の家で身を潜めていてくれ。なるべく早く、娘となって戻って来る。そうしたら、また入れ替わって、新しい体で生きて行くのだ――と懇切丁寧に説明したが、千代は困惑した表情を浮かべるだけだった。

 当たり前だ。こんな話、説明を聞いただけで、信じられるものなどいないだろう。

「玄真様。何をおっしゃっているのやら・・・」

「うつりぎの術と申すのだが、どう話しても信じてはもらえまい。実際に、やってみるに限る」

 玄真はふうと息を吐いた。昼間だと言うのに、部屋が薄暗くなり、薄紅色の柔らかい光に包まれた。玄真と千代は、ふわふわとした雲のようなものの上に座っていた。

「御免」と玄真が千代の帯に手を掛ける。

「玄真様・・・」

 千代は恍惚とした表情を浮かべていた。

 玄真はするすると千代の帯を解くと、着物を脱ぎ捨てた。

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