追いつめられて③
部屋に入った途端、ざわざわと背筋に悪寒が走るのを感じた。(まさか、刺客が潜んでいる訳ではあるまい――⁉)と思ったほどだ。
(馬鹿らしい)と直ぐにその考えを打ち消した。槍や刀を振り回して大暴れしていた頃が懐かしい。平九郎にとって、息苦しい世の中になってしまったが、生きているだけで楽しい便利な世の中になったとも言えた。
リビングに足を踏み入れた。キッチン、ダイニングとひとつになっている。家具が少なく、殺風景な部屋だ。寒々と感じる程、部屋は片付いていた。几帳面な性格だったようだ。窓際に置かれたデスクの上に、パソコンとモニター三台がところ狭しと並べてあった。
会社社長だなんて言っていたが、個人事業主で、ネットを使った商売でもやっていたのだろう。
冷蔵庫を開けると、缶ビール、ミネラルウォーターなど、飲料以外、ろくなものが入っていなかった。台所には電子レンジがあるだけで、調理器具や食器はほとんど見当たらなかった。外食が多かったようだ。
家具が少ないので、直ぐに観察が終わった。隣に寝室があり、そこにはベッドと衣装箪笥が置いてあるだけだった。ここも見て回るほど家具がない。
もうひとつ、廊下に面したドアがあった。部屋があるのだ。
その部屋に足を踏み入れた時、平九郎は目が眩みそうになった。
窓が締め切ってある部屋には壁に沿って、衣装ケースがずらりと積み上げられてある。大き目の衣装ケースが壁一杯、天井まで積み上げてあった。部屋の隅で、空気洗浄機がぶんぶんと音を立てていた。だが、部屋に充満した悪臭に目がちかちかと痛んだ。
空気洗浄機と衣装ケースしかない部屋だった。
(一体、壁一面の衣装ケースの中には、何が入っているのか)気になった。
目の前にあった衣装ケースの引き出しを開けてみた。
「何だ、これは――⁉」
思わず声が漏れた。
引き出しの中には、幾重にも透明のファスナー付きのプラスチック・バッグで厳重に封をされたものが入っていた。
臭う。プラスチック・バッグから臭ってきている。腐敗臭だ。プラスチック・バッグの中に入っていたのは、人の腕に見えた。肘から先の右手だ。しかも、細い。切り刻まれた女性の腕だった。
戦場で死体を見慣れていた平九郎でなければ、卒倒していただろう。
周りの衣装ケースを開けてみたが、同じだ。解体された人間の体の一部がプラスチック・バッグに入れられて保管してあった。どれも女性の体の一部に見えた。
壁一面の衣装ケース全てに体の一部が保管されているのだとしたら、一体、何人の遺体がここにあるのだろうか。考えただけで、身の毛がよだった。
(こ、こいつは・・・)
どうやら入れ替わった男は女性ばかりターゲットにした卑劣な連続殺人鬼だったようだ。
(長居は無用だ)と思った。
次の瞬間、「宇野光隆! 潮田麻美さん殺害の容疑で逮捕する!」という怒号と共に屈強の男たちが部屋になだれ込んで来た。
呆気に取られている内に、男たちの手により、床に押さえつけられていた。平九郎ともあろうものが、不覚を取ってしまった。
平九郎、いや宇野光隆は逮捕された。
潮田麻美という若いOLが行方不明になっており、警察で捜査したところ、最後に彼女と一緒にいたのが宇野であることが分かった。宇野に殺害された可能性が高かった。だが、宇野は姿を消した後で、身柄を確保することができなかった。
マンション前で張り込んでいたところ、宇野が戻って来たという訳だ。
これ幸い――と、取り押さえられた。
宇野の部屋から、何と六人分の女性の遺体が見つかった。被害者は潮田麻美だけではなかった。
平九郎がいくら「知らぬ! 俺は知らない」と主張しても、宇野の犯行であることは明らかだった。
(俺はこのまま死刑になるのか――⁉)
不思議と恐怖心は湧かなかった。もう十分生きたという思いが強かった。ただ、連続殺人鬼の汚名を着たまま、処刑されることだけが心残りだった。
(まあ、良い。今まで散々、人を殺めて来た。今更、ひとつ、ふたつ悪行が増えても同じことよ)
了




