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うつりぎ  作者: 西季幽司
現代編
61/69

追いつめられて③

 部屋に入った途端、ざわざわと背筋に悪寒が走るのを感じた。(まさか、刺客が潜んでいる訳ではあるまい――⁉)と思ったほどだ。

(馬鹿らしい)と直ぐにその考えを打ち消した。槍や刀を振り回して大暴れしていた頃が懐かしい。平九郎にとって、息苦しい世の中になってしまったが、生きているだけで楽しい便利な世の中になったとも言えた。

 リビングに足を踏み入れた。キッチン、ダイニングとひとつになっている。家具が少なく、殺風景な部屋だ。寒々と感じる程、部屋は片付いていた。几帳面な性格だったようだ。窓際に置かれたデスクの上に、パソコンとモニター三台がところ狭しと並べてあった。

 会社社長だなんて言っていたが、個人事業主で、ネットを使った商売でもやっていたのだろう。

 冷蔵庫を開けると、缶ビール、ミネラルウォーターなど、飲料以外、ろくなものが入っていなかった。台所には電子レンジがあるだけで、調理器具や食器はほとんど見当たらなかった。外食が多かったようだ。

 家具が少ないので、直ぐに観察が終わった。隣に寝室があり、そこにはベッドと衣装箪笥が置いてあるだけだった。ここも見て回るほど家具がない。

 もうひとつ、廊下に面したドアがあった。部屋があるのだ。

 その部屋に足を踏み入れた時、平九郎は目が眩みそうになった。

 窓が締め切ってある部屋には壁に沿って、衣装ケースがずらりと積み上げられてある。大き目の衣装ケースが壁一杯、天井まで積み上げてあった。部屋の隅で、空気洗浄機がぶんぶんと音を立てていた。だが、部屋に充満した悪臭に目がちかちかと痛んだ。

 空気洗浄機と衣装ケースしかない部屋だった。

(一体、壁一面の衣装ケースの中には、何が入っているのか)気になった。

 目の前にあった衣装ケースの引き出しを開けてみた。

「何だ、これは――⁉」

 思わず声が漏れた。

 引き出しの中には、幾重にも透明のファスナー付きのプラスチック・バッグで厳重に封をされたものが入っていた。

 臭う。プラスチック・バッグから臭ってきている。腐敗臭だ。プラスチック・バッグの中に入っていたのは、人の腕に見えた。肘から先の右手だ。しかも、細い。切り刻まれた女性の腕だった。

 戦場で死体を見慣れていた平九郎でなければ、卒倒していただろう。

 周りの衣装ケースを開けてみたが、同じだ。解体された人間の体の一部がプラスチック・バッグに入れられて保管してあった。どれも女性の体の一部に見えた。

 壁一面の衣装ケース全てに体の一部が保管されているのだとしたら、一体、何人の遺体がここにあるのだろうか。考えただけで、身の毛がよだった。

(こ、こいつは・・・)

 どうやら入れ替わった男は女性ばかりターゲットにした卑劣な連続殺人鬼だったようだ。

(長居は無用だ)と思った。

 次の瞬間、「宇野光隆! 潮田麻美さん殺害の容疑で逮捕する!」という怒号と共に屈強の男たちが部屋になだれ込んで来た。

 呆気に取られている内に、男たちの手により、床に押さえつけられていた。平九郎ともあろうものが、不覚を取ってしまった。

 平九郎、いや宇野光隆は逮捕された。

 潮田麻美という若いOLが行方不明になっており、警察で捜査したところ、最後に彼女と一緒にいたのが宇野であることが分かった。宇野に殺害された可能性が高かった。だが、宇野は姿を消した後で、身柄を確保することができなかった。

 マンション前で張り込んでいたところ、宇野が戻って来たという訳だ。

 これ幸い――と、取り押さえられた。

 宇野の部屋から、何と六人分の女性の遺体が見つかった。被害者は潮田麻美だけではなかった。

 平九郎がいくら「知らぬ! 俺は知らない」と主張しても、宇野の犯行であることは明らかだった。

(俺はこのまま死刑になるのか――⁉)

 不思議と恐怖心は湧かなかった。もう十分生きたという思いが強かった。ただ、連続殺人鬼の汚名を着たまま、処刑されることだけが心残りだった。

(まあ、良い。今まで散々、人を殺めて来た。今更、ひとつ、ふたつ悪行が増えても同じことよ)


                                         了

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