追いつめられて②
商業ビルの地下にあるバーに足を踏み入れた。もう零時を回っていたが、女に飢えた男を捕まえるのは、容易いはずだ。
バーのカウンターに腰かけ、水割りを注文した。十分も経たない内に、「お一人ですか?」と声を掛けてきた男がいた。
長身で手足が楊枝のように細長い。狐を思わせる鼻の長い面高の顔だ。こちらも女が放っておかないような男だ。平九郎の好きな筋肉質の男ではなかったが、乗り替わるには絶好の相手だと思った。
「ええ、一人よ」としなをつくって見せる。
男が隣に座った。
「ねえ、彼女、いくつ?」、「いくつだと思う?」、「僕より年上かな?」、「さあ?」
「何をしている人?」、「何をしていると思う?」、「モデルさんか何か?」と暫く、会話で弄んでから、「場所を変えない?」と誘ってみた。
「いいね。何処に行く」
「ホテルが良いわ」
男を連れ出した。「いいとこを知っている」と言うので、その辺のラブホテルに連れ込まれるのかと思ったが、意外にも一流ホテルだった。支払いはカードで男は財布を持っていた。最近は何でも携帯で、財布を持ち歩かないものが増えた。指紋認証や顔認証なら良いが、暗証番号で携帯電話をロックしてあると、少々、面倒くさい。
「お金持ちなのね?」と聞くと、「ふふ。こう見えても会社社長なんだ」と答えた。
(玉の輿か)と心の中でほくそ笑んだが、何処か男に危うさを感じた。
スイートルームになだれ込んで、男の要求にこたえた。
そして、精を放つと、男は意識を失った。
男に戻った平九郎はシャワーを浴びて身支度を整えた。上着の財布には運転免許証が入っていた。それにカードに現金があった。二十万円近くあった。
宇野光隆――それが男の名前だった。
女の携帯からヒモ男にメッセージを送信し、ホテルの部屋番号を教えておいた。これで直ぐに引き取りにやって来てくれるだろう。(じゃあな。あばよ)と宇野だった女に別れを告げると、ホテルを出た。
厄介払いが出来た思いだった。
取りあえず宇野の家に向かうことにした。住所にメゾン・デンヒルとある。マンションぽい名前だ。会社社長だと言っていた。さぞや豪勢なマンションに住んでいることだろう。ポケットに鍵があった。マンションの鍵だ。
終電はとうに終わっていた。現金があったので、タクシーに乗った。タクシーなら運転手に住所を伝えるだけで、家を探す必要がない。
うとうととした頃、「お客さん、着きましたよ」という運転手の声で起こされた。
夜気が冷たい。タクシーを降りると、ほんのりと朝焼けが空を染めていた。大きく深呼吸をしてマンションを見上げた。
予想に反して、六階建ての小さなマンションだった。マンションと言うより、アパートと言った方が近いかもしれない。
(まあ、良い。どうせ仮の身だ)
部屋は最上階のようだ。平九郎は階段を登って行った。




