宝治合戦③
翌朝、夜明けと共に安達軍が三浦館に攻め寄せて来た。
平九郎が目覚めると、隣で境次郎がばかと起き上がった。
「境次郎殿。イネ殿の頼みにより、亭主と子供の仇を取らせてもらう」
平九郎が言うと、境次郎は「ああ、そうか」と答えただけだった。
館はごった返していた。館の隅で平九郎と境次郎が斬り合いを始めたが、「同士討ちをしている場合ではない!」と駆けながら喚いたものがあっただけだった。誰も二人に構ってなどいられなかった。安達軍が怒涛の勢いで館に攻めかけていたからだ。
二、三合、斬り合っただけで、力量が知れた。境次郎はなかなかの腕だったが、半世紀に亘って腕を磨き続けた平九郎の敵ではなかった。
「あの世で亭主と子供に会って詫びよ!」
平九郎の刀が一閃すると、境次郎の首が飛んだ。
後は館を抜け出すだけだ。安達側にも三浦側にも、加勢する義理はない。やがて、安達軍は館に火を放ち、三浦泰村は一族を引き連れて源頼朝の墓がある法華堂に向かった。
どさくさに紛れて、平九郎は館を抜け出すことに成功した。
寺に戻ると、「どうしたのじゃ! 昨晩は戻って来ぬので、心配しておった」とイネに怒鳴られた。
「仇は討ってやった。首を持って参るのは骨が折れる故、ほら、これが証拠だ」と言って平九郎は境次郎の首から切り取った左耳をイネの前に放り投げた。
そこにはイネが噛み千切った跡がしっかりと残っていた。
「仇を討ってくれたのか・・・わしが・・・わしがこの命と引き換えにしてでも、果たしたかったのに・・・余計なことを・・・」
口では文句を言いながら、イネはぽろぽろと泣いた。
「さて、どうする。村に戻るか?」
「わしはこのまま鎌倉にいる。どうせ、村に戻っても、亭主も子供もおらん。田んぼも誰かに奪われてしまっておるに違いない」
「そうか」
「おぬしはどうするのじゃ? おぬしさえ良ければ――」とイネが言いかけるのを遮って、「私は天涯孤独の世捨て人だ。人を殺めるしか芸の無い男。この先も、この世を漂って生きて行くだけだ」と平九郎は言うと、イネに背を向けて歩き始めた。
「待って! わしを置いて行くのか⁉」イネが平九郎の背中に怒鳴りつける。
イネの問いに平九郎は答えなかった。