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うつりぎ  作者: 西季幽司
江戸時代編
55/68

赤穂事件②

 討ち入りが三日後に迫った日、ふせがやって来た。

 何時も通り、野菜を抱えて、「ちゃんと食べていますか」と町屋に現れた。

「毎度、かたじけない。私なんぞの為に、忙しい中、足を運んでいただき、料理までつくっていただくなんて、本当、申し訳ない」

「あら? 私の手料理、お嫌いですか?」

「そういう意味ではない。そなたが作る料理は美味しいと思っている。何時もありがたくいただいておる」

「あら、素直なこと」

 ふせはいそいそと料理をつくり始めた。

「今日は鍋にしました。豆腐が熱くなっていますので、お気をつけなさいませ」とふせが鍋料理を持って来た。

 何時もは料理を作り終わると、さっさと帰って行くのだが、今日は、「私もご一緒してよろしいかしら」と二人で食卓を囲んだ。

 所帯をもった感じで、妙に照れ臭かった。

 食事を終えると、「貞次郎殿」とふせがしなだれかかって来た。危ない。色欲に負けて関係を持ってしまうと、入れ替わってしまう。

「ふせ殿」と軽く、突き放そうとしたが、豊満な胸を掴んでしまった。

「ああ――」とふせが吐息を漏らした。

 ふせが厚い唇を重ねて来た。ふせの唇が触れた瞬間、頭の奥底で稲妻が走ったような感じがした。全身が麻痺したようだ。動けない。

 ふせが平九郎の着物の下帯に手を掛ける。平九郎の一部を掴むと、「さあ、極上の快楽を味あわせてあげる。だから、あなたの知っていることを全て話すのよ」と言った。

「あ・・・ううう・・・おまえは・・・」

「全て分かっているのよ。あなた、赤穂の浪人ね。吉良邸に討ち入りをしようと、ここで隙を伺っているのでしょう。他にも仲間がいるはず。それを、私に教えなさい」

 ふせの手の中で平九郎が怒張する。ふせがするすると着物を脱ぐ。豊満な胸が目の前に迫っていた。

「吉良の・・・間者か・・・」

「そうよ。金で雇われた。あなたたちのことを探るためにね。いくらしゃべらまいと思っても、無駄なこと。私の口割(くちわり)の術にかかれば、聞かれたことを全てしゃべってしまうのよ」

 くのいちだ。吉良は女忍者を雇って、赤穂の浪士の動向を探らせていたのだ。

 ふせが覆いかぶさって来た。口割の術とは、薬物と快楽を与えることで、全てを聞き出す忍術のようだ。

「ああ~」ふせが喘ぎ始めた。

 平九郎は焦った。このままではふせの中で果て、入れ替わってしまう。平九郎に成り代わったふせは、討ち入り計画の全てを知ることが出来るはずだ。


 気がついた時、ふせの姿がなかった。

 ふせとなった平九郎は、素っ裸で畳の上に大の字になって横になっていた。


――ふせを止めなければ!


 このままでは討ち入り計画が吉良側に漏れてしまう。

 だが、考えてみると、ふせは平九郎と入れ替わり、田中貞次郎となった。さぞかし驚いたことだろう。だが、事情が飲み込めて来ると、課せられた任務を果たそうとするかもしれない。

 吉良邸に戻りご注進という訳には行かない。吉良の人間は、いきなり尋ねて来た赤穂の浪人の言うことを簡単に信じたりしないからだ。いや、むしろ、罠ではないかと疑うに違いない。

 平九郎が知っていたのは、討ち入り計画のほんの一部だ。吉良側に伝えるには、計画の全てが必要だ。でなければ、誰も信じてはくれないだろう。

 それは平九郎も同じだ。ふせの身となり、吉良側の人間になってしまった。いきなり、弥吉を訪ねて、討ち入りの計画が漏れてしまったと伝えても信じてはもらえないだろう。


――さて、どうする?


 平九郎は一計を案じることにした。

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