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うつりぎ  作者: 西季幽司
江戸時代編
52/68

松之廊下②

 赤穂の町についた。

 城下は平穏そのものだった。


――さて、どうやって赤穂城に忍び込もうか。


 と考えながら歩いていると、「ごめんなさい」と女がぶつかって来た。

 ほっそりとした美人だ。優雅に会釈をして、立ち去ろうとする。その女の腕を平九郎が捕まえた。

「あっ、お武家様。何をなさるのですか?」

 女が体をくねって逃げようとする。

「すったものを返してもらおう」

 武芸に長けた平九郎だ。懐の巾着をすられたことに、直ぐに気がついた。

 女は「あら。気がついたのかい。その辺のぼんくら侍とは違うみたいだね~」と途端に柄が悪くなった。そして、「斬るなら斬りな。ばっさりやってくれ。どうせ、この世に未練なんかないんだ。こんなこと、好きでやっている訳じゃない」と開き直った。

「せんなきことを言うな。悩みごとがあるのなら、相談に乗ってやっても良い」

「ふ~ん。優しいこと、言ってくれるね。おてんとうさまの当たらない日陰で生きて来た身。今更、どうにもならない。私はね――」

 女は名を菊と言い、赤穂の町を裏で支配する石黒一家の手下として働いていた。飢饉で村を離れた菊一家は道中で両親が餓死し、孤児となった菊は赤穂の町に流れ着いた。そこで拾われたのが石黒一家だった。

 石黒一家の親分、石黒藤兵衛(いしぐろとうべえ)は赤穂藩の副家老と結びつき、塩田の人足を手配する口入(くちい)れ屋として大きくなり、今では赤穂の町で酒屋や茶屋を営む傍ら、スリや強盗まで抱え、裏社会の顔役として君臨していた。

 酷薄な性格で、藤兵衛に睨まれると、三日と生きてはいられないと言われているらしい。「逃げ出すと追手がかかり、直ぐに始末されてしまうのさ」と菊は言う。

「そうか。じゃあ、お主、自分を捨ててみないか? 男に生まれ変わって、新たな暮らしを送るというのはどうだ?」

「男に生まれ変わる? 面白そうね。そう出来たら良いんだけど」

「そうと決まれば、話は早い。ところで、お主、赤穂の侍に知り合いはいないか?」

「赤穂の侍・・・いるよ。一人。百石取りの貧乏侍のごく潰しの次男坊。うちの親分の店で、ただ酒飲んで、店の者に袋叩きに遭っているところを助けてやった。そしたら、しつこく付きまとってくるようになった」

「ほう~それはまた・・・ろくでなしだな」

「極上のくず」

「名を何と言う?」

田中貞次郎(たなかていじろう)

「まあ、仕方あるまい」

「仕方ない?」

「さあ、どこぞの茶屋を借りよう。私と入れ替わるのだ。心配するな。江戸に行けば、住処はあるし、蓄えもある。それを全てくれてやる。生まれ変わって生きて行け」

「入れ替わる? 何を言っているんだい」

 平九郎は菊を茶屋の一室に引きずり込むと、「ふう」と息を吐いた。部屋が薄紅色の柔らかい光に包まれた。菊が「ああ・・・何、これ・・・」と恍惚の表情を浮かべる。そして、両手で襟元をはだけた。形の良い胸が露になった。

 平九郎は菊の胸にむしゃぶりついた。

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