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うつりぎ  作者: 西季幽司
鎌倉時代編
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宝治合戦②

 平九郎が鎌倉を離れて、六十年近くになる。鎌倉の地に足を踏み入れたのは久しぶりだった。

「驚いた。驚いた」とイネが言う。

 北条氏の支配が進み、武家の都として整備が進んだ鎌倉は上総の田舎から出て来たイネの眼には、見たこともない賑やかな街に見えたようだ。

 平九郎に同行してもらったお陰で、野盗に襲われることなく、鎌倉に着いた。

 寺に宿を請うと、旅人の姿がなく、「おやおや。このような時に、鎌倉にお越しとはお気の毒に」と気の毒がられた。

「和尚。鎌倉で一体、何が起きている?」と聞くと、


――間もなく合戦になるだろう。


 と和尚が答えた。

「合戦とな」

 政敵を次々と亡き者にし、独裁を進める北条得宗家にとって、鎌倉で得宗家に対抗し得る勢力と言えば三浦氏だけになっていた。

 打倒三浦氏の強硬派である安達景盛が高野山を下りて鎌倉へ戻ってきたと言う。安達氏は三浦氏と共に得宗家の外戚でありながら、敵対関係にあった。得宗家で誰が権力を握るのかを賭けた、権力闘争が行われていたのだ。安達景盛は三浦氏の風下に立つことを良しとせず、対決の姿勢を露にしつつあった。

 時の執権、北条時頼は仲裁を試みたが、失敗に終わった。武家の頂点に立つ執権でさえ抑えることが出来ないまでに事態は悪化していた。

 鶴岡八幡宮の社頭に「三浦泰村は将軍家の命に背いて勝手な事を繰り返している。近いうちに成敗されるだろう」という高札が立てられたことから、三浦泰村は合戦が近いと見て、戦の準備を始めていた。

 今日、明日にでも合戦が始まるかもしれないと、鎌倉に足を踏み入れる旅人が途絶えてしまったと和尚が言う。

 イネの仇、境次郎が鎌倉を目指したことが分かっている。境次郎が仕える千葉氏は三浦氏との関係が深い。戦が近いと見て、加勢に向かったのであろうことが容易に想像できた。戦で命を落とすかもしれない。だから、境次郎はかねてより思いを寄せていたイネを襲い、強引に思いを遂げたのだ。


――どうやって三浦家に忍び込むか。


 ということに平九郎は頭を悩ませていた。境次郎を討ち取ることは造作もないが、その後、屋敷を脱出しなければならない。血気にはやった武者どもと斬り合うになるだろう。そのことを考えると、女の身ではダメだ。やはり屈強な男の方が良い。そこでイネか屋敷の女中に成り代わり、屋敷の武者をたぶらかして入れ替わり、境次郎を討つことを考えていた。

「様子を見て参る故、ここで待っておれ」とイネを寺に残し、平九郎は三浦館へ向かった。

 三浦館の門前に来ると、門番に「何者!」と誰何された。上総国から来たと伝えると、「おおっ!千葉氏よりの援軍か。入れ、入れ」と屋敷に迎え入れられた。

 思いのほか簡単に館に侵入することが出来た。

 館に入って境次郎を探し求めると、「上総のものは、あちらにたむろしておる」と自然、境次郎のもとに案内された。

 想像と違って境次郎は物静かな男だった。痩身で切れ長の眼、なかなかの男前だ。平九郎に見覚えがあろうはずがないのに、上総から来たと言っても「そうか」と返しただけだった。

 合戦だ。兵は一兵でも多い方が良い。

 境次郎がイネの仇であることは明白だった。左耳の耳たぶが無かった。イネに噛み千切られたからだ。

「耳をどうした?」と聞くと、「女と争って噛まれた」と正直に答えた。

 こんな出会い方をしなければ、意気投合したかもしれない。

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