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うつりぎ  作者: 西季幽司
戦国時代編
47/69

大津城③

 宗茂は毛利元康の陣にいた。

 難しい相談をしているのだろう。宗茂はなかなか出て来なかった。平九郎は陣前でじっと控えていた。半時はそうしていただろう。やがて幕下から宗茂が現れ、平九郎を見つけると「源兵衛か」と短く呟いた。

「何があったのでしょうか?」

「本日、関ケ原にて東西両軍が激突し、わが軍は一敗地に塗れ、敗走中だ」

「えっ! 決戦にはまだ間があったのでは?」

 秀忠軍は未だ中山道を行軍中だと伝えられていた。両軍が激突するのは、秀忠軍の着陣を待ってからのはずだった。

「流石は海道一の弓取りよ。家康殿は勝機を見るに敏なお方。わが軍に乱れがあることを見抜いた家康殿は秀忠殿の軍勢を待たずに戦を仕掛けたようだ」

 味方で離反するものがあったということだろう。戦前から西軍に家康に通じている武将がいるということは陣中で噂になっていた。

「どうなされます?」

「大阪城に戻って籠城よ。今、毛利殿にそう進言してきたところだ」

「なるほど」

 上手い手だ。大阪城には太閤殿下の一子、秀頼公がいる。東軍には福島正則を筆頭に豊臣恩顧の大名が多い。大阪城に攻め寄せるとなると、これら豊臣恩顧の大名が反発することは明らかだった。また加藤清正など、国元にいる豊臣恩顧の大名の援軍も期待できる。

「大阪城に籠って戦えば、我が軍にも勝機がある」

「おおせの通り」

「直ぐにでも出立する」

「はっ!」平九郎は平伏した。

 程なく、宗茂軍は混乱する陣を抜け出し、大阪へ向かった。

 馬上、平九郎は寂寥感に襲われていた。天下の大戦に参じることができなかった。この先、これほどの規模の戦が行われることはないのではなかろうか。常に時代の中枢にいた平九郎にとっては、置いてきぼりにされた感覚だった。地団太を踏むほど悔しい――という感情ではなかった。

 戦が変わった。武士も変わった。既に平九郎が思い描くような武士の世ではなかった。

(これで終わりにするか)と思った。

 思えば十分、生きた。我が身の栄達になど興味はない。今なら東軍が我らの背後を突かんと進軍してきているはずだ。取って返して家康に一太刀、浴びせてやりたい。そう思った。恐らく、その願いはかなわないだろう。だが、武士の意地を見せることが出来る。鎌倉武士の意地を見せることが出来る。

 平九郎は宗茂に轡を並べると、「殿、ここでお暇を頂こうと思います」と伝えた。

 宗茂は無言で平九郎を見つめた後で、「源兵衛、誇りに思うぞ」と答えた。多くを語らずとも、宗茂には平九郎の考えていることが分かったのだ。

(流石は我が殿!)心が震えた

「御免!」平九郎は馬首を巡らせた。

 駆けに駆けた。

 途中、東軍と思しき軍勢とすれ違ったが、小勢で家康の本軍とは思えなかった。この後、本軍がやって来るのだろう。東へ向かって疾駆する平九郎を見ても、伝令としか思わなかったようで、厳しく誰何されることはなかった。

 やがて、兵の姿を見かけなくなった。

(おかしい。家康の本軍はまだなのか?)

 そう思い始めた時、両側に見えていた山の稜線が消え、ひらけた大地に出た。

 関ケ原だ。


――家康の本軍は何処に行ったのだ!


 家康の本軍と出会えなかった。

 東軍は関ケ原で勝利を収めると、そのまま三成の居城である佐和山城に向かった。宗茂軍が大阪に向けて出立した頃、既に佐和山城を囲んでいたのだ。

「何故だ~! 天は拙者に死に場所すら与えてくれないのか――‼」

 平九郎は天に向かって吠えた。

(もう武士は止めだ)そう思った。

 東へ、坂東へ、生まれ故郷である奥州清川へ帰りたいと思った。思えば義経に従って清川を出てから、一度も戻っていないことに気がついた。

(清川で田畑を耕して暮らすのも悪くはない)

 平九郎は馬から降りると、槍を捨て、両刀を捨て、甲冑を脱ぎ捨てた。

 平九郎はとぼとぼと歩き始めた。

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