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うつりぎ  作者: 西季幽司
戦国時代編
46/68

大津城②

 翌日、総攻撃が始まった。

 先頭を走るのは平九郎だ。槍を片手に敵城目掛けて駆けて行った。

 攻城戦は熾烈を極めた。宗茂は城外から大筒を打ち込み、城方の防御を沈黙させた。平九郎は砂煙の立ち上る中、敵をなぎ倒しながら三の丸を落とし、二の丸へ進んだ。

 城の命運は風前の灯火だった。

 本丸を囲んだところで、戦闘中止の命がくだった。

「何故⁉」命を下したのは宗茂であった。


――降伏を呼びかける。


 と言う。(まこと情け深き殿よ)と平九郎は手綱を引いて、本丸を見上げた。

 宗茂の焦りも分かる。東西両軍により決戦が間近に迫っていた。大津城の攻略に時間をかけ過ぎて、決戦に間に合わなくなれば元も子もない。無論、城を枕に討ち死にしようとする京極高次を見事だと思ってのことでもあるだろう。

 毛利元康は使者を送り、降伏を進めたが、高次は使者を追い返した。徹底抗戦だ。総攻撃を続けようとする西軍を宗茂が押しとどめた。もう一度、説得させてくれと。

 宗茂は城中に矢文を放ち、我が名をかけて高次と城兵の命を保証すると申し出た。高次が宗茂の厚情に心を動かすと、一族の人間を人質として城内に送った。

(どこまでも情け深き殿よ)

 平九郎は既に戦意を喪失していた。

(まだまだ。これから決戦がある。天下分け目の大戦(おおいくさ)となるであろう。京極ごときに構っている暇はない。相手は家康よ)

 平九郎の眼は次の大戦に向いていた。

 翌日、京極高次は剃髪して城を出て来た。宗茂はこれを丁重に迎え入れ、身柄を高野山へと送った。ここに大津城攻めは完了した。

 戦勝に湧く軍勢の中、平九郎は体を休めていた。大津城の開城を受け、明日にも軍勢は東に向かうはずだ。関ケ原だ。そこには徳川家康率いる東軍が手ぐすねを引いて待ち構えている。

(宗茂殿についていれば、後れを取ることなどない。明日に備えて寝るだけよ)

 祝杯で盛り上がる陣中を離れ、平九郎は一人、無人となった農家の納屋で藁にくるまって寝た。

 夜半過ぎ、辺りの騒がしさに目が覚めた。


――何事!


 人馬のざわめきが聞こえる。平九郎はがばと身を起こした。


――夜襲か⁉


 と思ったが、城は開城したばかりだ。夜襲をかけて来る敵などいない。平九郎は陣を目指して駆けた。

 陣は大混乱に陥っていた。赤々とかがり火が炊かれ、皆、大慌てで戦支度をしている。窯を蹴飛ばし、小手を取り合い、怒鳴り合いや喧嘩があちこちで起きていた。

「何事だ!」と慌てふためく端武者を捕まえて尋ねたが、「敵軍が迫っております」としか言わなかった。


――敵? どこから?


 下っ端では埒があかないので、宗茂を捕まえて事情を聞くことにした。陣中に見慣れぬ顔が多かった。そのどれもが疲れ切った表情で、ぼろぼろの恰好をしていた。負傷している者が多く、まるで敗軍の兵だった。

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