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うつりぎ  作者: 西季幽司
戦国時代編
41/69

大蛇の滝①

 信濃国の喬木(きょうぼく)という村にさしかかった時、奇妙な高札を見た。


 ――金五拾両にて、瀬戸の滝の大蛇を退治してくれる豪のものを求む。


 岩見重太郎として仇討ちの旅の空にあった平九郎は高札の前で足を止めた。仇討ちの旅は武者修行の旅でもある。高札を立てた主は喬木の村人一同とあった。五拾両と言えば大金だ。余程、難儀をしているのだろう。

 重太郎は喬木村を訪ねた。

 緑豊かな村だったが、五拾両の報酬をぽんと出せるほど豊かな村には見えなかった。重太郎の姿を認めた村人の一人が、畑仕事の手を休めると、「あんた。高札を見てやって来たのかい?」と声をかけて来た。

「左様」と答えると、村人が近づいて来て、「お止めなされ。命がいくつあっても足りませぬぞ」と小声で囁いた。

「難儀をしておるのではないのか?」

「大蛇はふらりと村に現れては、田畑を荒らし、村の娘をかどわかしたりして困っております。地蔵川の上流の滝つぼに住んでおり、川を氾濫させたり、干上がらせたりするので、迂闊に逆らえないのです。されど、褒美につられて今まで何人もの武者が大蛇の退治に向かいましたが、一人として戻って来たものはおりません」

「大蛇が娘をかどわかすのか?」

「それが・・・大蛇と申すのは・・・」

 村人は声を潜めると、「弓削の残党なのです」と言った。

「弓削の残党?」

 信濃国は諏訪大社上社の大祝(おおほうり)を勤める諏訪氏の治める国だったが、武田信玄により滅ぼされてしまった。信玄亡き後、織田信長が武田氏を滅ぼし、甲斐の国主となったのが信長の黒母衣衆筆頭だった河尻秀隆だった。河尻配下の弓削重蔵が郡代として信濃国を治めた。

 本能寺の変で織田信長が横死すると、諏訪氏一族の諏訪頼忠が弓削を駆逐し、信濃国の支配を取り戻した。諏訪頼忠に討伐された弓削の残党が喬木村の郊外に流れ着き、大蛇党という徒党を組んで村を荒らし回っているのだ。

「ふむ。ならば私が退治してくれよう」

「お止めなされ。相手はただの夜盗ではありません。武士です。しかも一人、二人ではござりませぬ。十名以上おります」

「まあ、何とかなるだろう。その大蛇党について、もう少し詳しく教えてくれ」

「本当に、おやりなさるか?」

「心配無用」

「お名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」

「岩見重太郎と申す」

「岩見重太郎殿と言えば、越中黒河で狒々を退治したという噂の、あの――」

 村人の目に希望が宿った。そして、「里長のもとにお連れいたしましょう」と重太郎の前を歩き始めた。

 村では歓待を受けた。

「お噂はお聞きしておりますぞ~どうやって狒々を退治したのですか?」

「狒々はどのような恰好をしておりました?」

 と村人は狒々退治の話を聞きたがった。しきりに酒を勧められたが、重太郎は「村人がみな、難儀をしておるのなら、早い方が良かろう。今宵、寝静まってから、大蛇を退治に向かおう」と言って口にしなかった。

 里長から「大蛇党に取り込まれないでくださいな」と言われた。

 過去に大蛇退治に出向いた武士たちは、大蛇党に斬られるか、彼らの仲間となってしまったということだった。だから、村人は最初、重太郎が大蛇退治に行くのを止めようとしたのだ。これ以上、大蛇党が増えては困るからだ。

「心配無用」と重太郎は笑った。

 村人が持ち寄ってくれた惣菜で腹を満たすと、里長に「納屋の片隅をお借りしたい。夜が更けるまで、体を休めておきたい」と言った。

「納屋などとんでもない」と里長が奥に布団を敷いてくれると、重太郎は横になって直ぐに寝息を立て始めた。余程、胆が太くないと、戦の前に、ひと眠りすることなどできないだろう。

「流石は岩見重太郎殿。ひょっとしたら大蛇を退治してくれるかもしれない」と村人は期待した。

 子の刻。重太郎はむくりと起き上がると、槍を掴んで立ち上がった。家人は寝静まっている。そろりと屋敷を出ようとすると、居間で里長が起きていて、「岩見重太郎殿。御武運をお祈りしております」と声をかけた。

「かたじけない。大蛇を退治してご覧に入れよう」

 重太郎は屋敷を出た。

 村を流れる地蔵川をさかのぼる。やがて瀬戸の滝が見えて来た。滝つぼに堤を築いて、川を氾濫させたり、干上がらせたりしているのだ。

 堤の隣には、弓削の残党たちが寝泊りする小屋があった。

 重太郎は夜陰に紛れ、堤に近づいた。

 夜盗まがいの連中とは言え、もとは武士だ。夜襲に備え、見張りを立てていた。見張り台でかがり火を炊いており、重太郎から見張りの姿が丸見えだった。

 重太郎は弓を引き絞ると、ひょうと矢を放った。

 矢は見事、喉を射抜き、見張りは声を上げることもできずに崩れ落ちた。

「うむ。重畳(ちょうじょう)、重畳」

 重太郎は見張り台に登って見張りに止めを刺すと、かがり火を消した。

 辺りが真っ暗になる。

 重太郎は小屋に忍び込むと、寝入っている弓削の残党たちに槍を突き立て始めた。

「うがあっ!」

「何事か!」

「敵襲だ!」

 弓削の残党たちが夜襲に気づいて、応戦しようとするが、部屋の中が真っ暗で敵がどこにいるのか分からない。下手に手を出せば同士討ちになってしまう。

 重太郎にとっては、周り全てが敵だ。身近にいる者を槍で突いて行けば、それでよかった。とにかく、小屋から逃がさないことだけを考えた。

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