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うつりぎ  作者: 西季幽司
戦国時代編
40/69

狒々退治③

 岩見重太郎となった平九郎は仇を探し求め、越中に来ていた。

 黒河という村を通りかかった。

 荒んだ村で、昼日中だと言うのに、田畑に人の姿が無かった。農家を尋ね、水を請うと、瘦せ細った老人が出て来て、井戸水を分け与えてくれた。農作業は休みなのかと聞くと、今晩、村祭りが行われるので、その準備が始まる。ゆっくりして行けば良いと言う。

 祭りなら、人が集まるはずだ。仇が顔を出すかもしれない。

「今年は日照りがつづいて作物の成りが良くない」と老人が愚痴った。聞けば、毎年のように日照りや水害に悩まされていると言う。

「大変でござるな」と同情すると、山に狒々(ひひ)神という神がいて、村に厄災をもたらしているのだと老人が忌々しそうに言った。

「狒々神?」

「顔は狒々で体は獅子、尾は大蛇のような神様よ。狒々神を鎮める為、毎年、村祭りの日に村の娘を辛櫃に閉じ込め、神社に奉納するのだ」

「馬鹿な」と重太郎は吐き捨てた。「神は人を救いことすれ、人を食うことなどあろうはずがない」と言うと、辛櫃に閉じ込められた娘は翌朝にはいなくなっていると言う。

「今年は村長(むらおさ)の娘が辛櫃に入る番よ。だから、何時もより祭りは盛大に行われるだろう。念入りに準備をしなければ」

「ご老人、私を村長のもとに連れて行け。私が娘の代わりに辛櫃に入り、狒々神を退治してくれよう」

 老人は急に言葉を改めて言った。「狒々神を退治することなんて出来るのでございましょうか・・・」

「私には四百年培った秘術がござる」と重太郎は答えておいた。

 嘘ではない。平九郎が「うつりぎの術」を会得してから、そろそろ四百年が経つ。

 老人は重太郎を村長のもとに連れて行った。娘の身代わりとなって辛櫃に入り、狒々神を退治してやろうと言うと、村長は長い沈黙の後、「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。

 村の行く末も心配だが、やはり娘が可愛いのだろう。

 日が暮れると、神社の境内で祭りが始まった。かがり火のもと、飲んで歌い、踊り、村人は祭りを楽しんでいた。重太郎は一人、拝殿の縁に腰掛け、祭りに来た人々を観察していた。

 誰も彼も、百姓ばかりだ。重太郎のような武士は一人もいなかった。やはり、ここにも仇はいないようだ。

 やがて、祭りが終わると、重太郎は辛櫃に閉じ込められ、神社に残された。

 重太郎は辛櫃の中で、じっと息を殺して待った。

 夜が更け、風が強くなって来た。

 足音がする。風の音ではない。何者かがやって来る。やがて、何者かが辛櫃の蓋に手を掛けた。

 重太郎は蓋を跳ね上げた。

「ぐわっ!」と悲鳴がする。

 辛櫃の蓋と共に何者かがふっ飛んだ。

 そこには、松明を持った夜盗の群れがいた。十二、三人はいるだろう。どいつもこいつも狒々のように野卑な顔をした化け物のような男どもだった。

 重太郎は刀を抜くと、無言で、近くにいた一人に斬りつけた。野盗の首が飛んだ。

「何だ!」、「どうした⁉」

 重太郎の動きが素早過ぎて、野盗には何が起こったのか分からなかったようだ。

 重太郎は暗闇に紛れた。相手は松明を持っているので、重太郎から丸見えだった。

 二人、三人と重太郎は夜盗を突き殺した。この数で斬りつけていては、刃こぼれして直ぐに刀が使えなくなってしまう。実践慣れした平九郎らしい判断だった。

 突き殺した夜盗から槍を奪い、一人、また一人と野郎を突き殺して行った。

「おいっ! 女じゃない。誰かいる」

「殺せ! やつを倒すのだ」

 夜盗たちの怒号が飛ぶ。流石に、残った夜盗たちも何が起こっているのか分かって来たようだった。

 だが、野盗たちの腕で、重太郎、いや平九郎にかなう者など、いようはずがない。


――重太郎殿から預かった大事な体よ。こんなところで、傷をつける訳には行かない。


 平九郎は余裕綽々だった。

 残り五人となったところで、野盗たちが「化け物だ。逃げろ!」と逃げ始めた。とても敵わないと悟ったのだ。

「化け物はお前たちの方だ。一匹たりとも逃がす訳には行かない!」

 平九郎は夜盗を追った。


 翌朝、神社に様子を見に行った村人たちは驚いた。

 神社の境内に死屍累々と夜盗の死体が転がっていたからだ。

 死体は村から山に向かう街道にも転々と転がっていた。

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