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うつりぎ  作者: 西季幽司
鎌倉時代編
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宝治合戦①

 野盗に手籠めにされかけていた若い女を救った。

 女に覆いかぶさっている野盗を引きはがすと、顔の形が変わるまで殴りつけ、道端に放り投げた。

「女の身空で一人旅など感心せぬな。一体、何処に行くつもりだったのだ?」

 若武者の姿に成り代わった平九郎が尋ねる。

 女ははだけた胸元を掻き合わせながら、「鎌倉に参りまする」と答えた。

「鎌倉? よせよせ、あそこは魑魅魍魎の巣窟だ。おぬしのような女子(おなご)が向かうようなところではない。大人しく故郷(ふるさと)へ帰って田でも耕しておれ」

「村に戻っても、何もない。亭主、子供は殺され、田は奪われた。それもこれも、境次郎の悪行によるものじゃ。この命、尽きようとも、あやつに一太刀浴びせねば、冥途の亭主と子供に顔向きができない」

「随分と酷い目に遭ったようだな。仔細を聞いても構わないか?」と平九郎が言うと、女は初めて「うん」と女っぽい仕草で頷いた。

 女はイネと名乗った。上総国市原郡の百姓の娘で、同じ村の弥吉と夫婦になり、五歳になる子供がいた。夫婦で広くもない田畑を耕し、慎ましく生きて来た。

 イネが暮らす村は上総権介、千葉英胤の子、千葉時常の所領の一部であり、時常の家人の一人に境次郎常盛がいた。

「まとわりつくような眼で、わしのことを見ておった」とイネは言う。

 境次郎は用もないのに村を訪れては、農作業に精を出すイネをじっと見つめていることがあったらしい。

 このところ、世の中が騒がしい。

 鎌倉で異常事態が相次いでいた。羽蟻の大軍が鎌倉を覆い尽くし、得体の知れない光る物体が夜空を飛行して行った。由比ガ浜の潮が赤く染まり、今度は大流星が夜空を流れた。黄蝶が乱れ飛び、浜に人魚の死体が上がったと言う。そんな噂が上総国にまで流れて来ていた。天変地異の前触れだと村びとは恐怖した。

 世情が不安に包まれる中、境次郎が村に現れた。

「最初から様子が怪しかった」

 境次郎は農作業に励むイネ夫婦を見つけると、刀を抜いて田に降りた。

 イネが気づいた時には、境次郎は亭主の背後に迫っていた。

「あんた~!」

 叫んだ時には遅かった。境次郎は一刀のもとに亭主を斬り下げた。亭主が血煙を上げながら田に消えて行った。

「ひえええ~」と近くで農作業をしていた農民が逃げ去った。

 境次郎はずんずんとイネに近づいてくる。イネは恐怖で足がすくんで動けなかった。境次郎はイネに近づくと、どうと押し倒した。

「境次郎はかねてより、わしに懸想しておったとぬかしやがった。あやつはわしを組み伏し、犯した。思いを遂げさせろと」

 なるほど顔立ちは悪くない女だ。

「辛い目にあったのだな」

「亭主を殺され、手籠めにされ、わしは悔しかった。腹が立った。何とか仕返しをしてやりたかった。だから、わしは、あやつの左耳にかみついて、耳たぶを食いちぎってやった。すると、あやつは行き掛けの駄賃にと、あぜにおった我が子まで首をはねおったのじゃ」

「・・・」畜生にも劣る所業だ。

「あやつが鎌倉に向かったことは分かっている。あやつを追って旅に出た。どうせ田は村の奴らに奪われておる。戻るところなんて無いし、亭主も子供もいない村に戻って何になる。鎌倉に行って、あやつと刺し違えて死んでやる!」

「止めておけ。相手は武士だ。返り討ちに遭うのが関の山だ」

「わしなんぞ、どうなっても構わない」

「ふむ・・・」と平九郎は考え込んだ。そして、「あい分かった。但し、女の身で鎌倉までの一人旅は何かと大変だ。私が同行しても構わぬか?」とイネに問うと、「うん」と頷いた。

 こうして、平九郎は鎌倉を目指すことになった。

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