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うつりぎ  作者: 西季幽司
戦国時代編
34/68

鏡山城の戦い②

 毛利、吉川の連合軍、四千は軍を起こした。目指すは鏡山城だ。鏡山城には、大内方の武将、蔵田房信が守将として入っていた。

 毛利軍の中に、武田小四郎興春の姿があった。

 武田小四郎は大内方の密偵を発見し、斬り捨てたことで、一躍、毛利家中で評価と信頼を勝ち得ていた。密偵の襟から尼子軍の陣容や兵数、進軍経路などを調べて連絡するようにと記された、大内軍の総大将、陶興房(すえおきふさ)の密書が発見されるに及び、武田小四郎の疑いは晴れた形となった。

 武田小四郎が密偵を斬り捨てた現場に栄が居合わせたことは、元就始め数名の重臣しか知らない。栄は小四郎の手により、密偵と共に斬られた。

 家中では、栄が間者であったのだと結論付けられた。

 疑いの晴れた武田小四郎は鏡山城攻め手の一角を任された。久々の戦だ。血が騒いだ。果敢に攻めかけたが、城方は奮戦し、毛利軍を寄せ付けなかった。

 じりじりと時を過ごす内に、尼子の本軍が到着した。

 十重二十重に鏡山城を取り囲んだ。

 尼子の陣中には経久がいる。平九郎には、久しぶりに顔を見て見たい、懐かしいという気持ちがある反面、結局、尼子では用いられることがなかったという鬱屈とした思いがあった。尼子に対しては複雑な感情を抱えていた。

 尼子の援軍を得て、毛利元就が心強く思っているかと言えば、そうでもないだろう。


――元就殿は焦っているだろうな。


 と平九郎は思った。鏡山城ひとつ抜くのに苦戦しているのかと尼子経久に軽んじられては、毛利家の将来の為にならない。

 案の定、「明日は総かかりじゃ!」と叫びながら伝令が陣中を駆け回った。

 尼子軍になめられない為に、総力戦で鏡山城を攻めるのだと思ったが、そうではなかった。元就は経久に負けず劣らず、謀の多い、兵権謀家だ。

 元就は鏡山城の副将の蔵田直信が処遇に満足していないことを知ると、尼子軍に内通させようとした。直信に密使を送り、蔵田家の家督を継がせることを条件に寝返りを勧めた。蔵田直信は主将の蔵田房信の叔父にあたる。直信は内通に同意し、自身が守備する二の丸に毛利、吉川の兵を引き入れるように手はずを整えていた。

 翌日、尼子軍の総攻撃が始まった。

 毛利、吉川の兵は抵抗らしい抵抗を受けずに、二の丸に兵を進めた。蔵田房信は本丸に籠り抵抗を続けたが、城は既に丸裸になりつつあった。

 房信は尼子経久に使者を送り、妻子と城兵の命と引き換えに自害することを申し入れた。この申し出を経久が受けた。

 こうして、房信の自害を以て、鏡山城は陥落した。

 尼子経久は房信との約束を守り、「房信の妻子と城兵には手を出すな」と尼子軍の兵士に厳命した。


――ふむ。少々、物足りぬとは言え、戦場を駆け回ることが出来た。


 平九郎は満足だった。当面、武田小四郎興春として生きてみるも悪くないと思っていた。

 ところが、戦は後味の悪い形で幕を閉じる。

 何と、尼子経久は蔵田直信の寝返りを「武士にあるまじき卑怯な振舞い」と批難し、「罪人として首を刎ねよ」と元就に命じたのだ。

 元就は窮した。

 約定を反故にされては、国人領主の間で元就の信用は失墜してしまう。「毛利、頼りなし」と思われてしまうのだ。だが、強大な尼子軍に逆らうことなど出来なかった。

 元就は蔵田直信を処刑した。

 戦後の論功行賞に於いても、武功第一であるはずの毛利軍に対し、経久は一切、恩賞を与えなかった。


「尼子の殿は、我ら、毛利を雑兵扱いなさるのか!」


 毛利家中で尼子に対する反感が渦巻いた。


――経久殿も無体なことをなさる。焼きが回られたか。


 と平九郎も思わざるを得なかった。だが、少しは経久の心中を察することが出来た。それは、経久を間近に見て来た平九郎だからこそ、分かることかもしれなかった。


――元就殿は経久殿を凌ぐ人物なのかもしれない。


 そう思えるからだ。尼子経久は毛利元就に自分以上の器を見た。後継ぎであった政久を失い、世子である晴久はまだ幼い。いずれ尼子が毛利の軍門に下るのではないかと恐れたのかもしれない。これ以上、毛利を大きくしてはならない。経久なら、そう考えるはずだ。

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