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うつりぎ  作者: 西季幽司
戦国時代編
33/69

鏡山城の戦い①

――武田小四郎(たけだこしろう)興春(おきはる)は武田の間者だ。


 だから、毛利家中で浮いた存在なのだと言う。

「それは真でしょうか?」と聞くと、「そんなことはないのだと元就殿はおっしゃいます」と久子が答えた。

 久子は吉川家より、毛利家当主後見人である毛利元就のもとに嫁いで来た。平九郎こと、栄は付き添え人として、久子と共にやって来た。

 吉川国経の娘、久子は知勇兼備、文武両道の武将であった祖父、経基の血を色濃く受け継いでいるようだ。美しもあり、栄たち付き人や侍女に対して、細やかな心配りの出来る女性でもあった。

 知れば知るほど深みにはまってしまう、そんな素敵な女性だった。夫となった元就もぞっこんな様子で、「久子殿~久子殿」と久子がいないと館中を探し回る有様だった。

 ぼちぼち戦場が恋しくなり始めていた。女の身を捨て、男と成り変わりたいと思っていた。武田小四郎興春は成り変わるには格好の相手と言えた。筋肉隆々、八尺と超える堂々たる体躯だ。これに平九郎の武芸が加われば、戦場では無敵だろう。

 だが、毛利家中で浮いた人物となると話は変わって来る。尼子家中では、軟弱者の烙印を押された相手と入れ替わってしまった為、武張ったことに縁がないと思われ、戦場に出ることが出来なかった。味方に信用されない人物と成り変わると、謀反が怖くて戦場には連れて行ってもらえないだろう。

 慎重に見極める必要があった。

 久子が栄たちを連れて嫁入りしてくる直前、毛利元就は初陣で武田軍を破るという戦功を上げていた。


――西国の桶狭間。


 と呼ばれる有田中井手の戦いだ。安芸国守護だった武田氏が権威回復を目指し、吉川・毛利の連合軍と戦った。

 毛利元就はこの戦が初陣だったが、巧みな用兵で武田の大軍を撃破し、安芸の有力国人領主の仲間入りを果たした。

 一方、敗れた武田氏は凋落甚だしく、一族の中から毛利に鞍替えするものが現れた。その一人が武田小四郎興春だった。

 元就は「武田小四郎に二心はない」と信頼を寄せているようだが、家中では小四郎を疑うものが多かった。


――他にも毛利に鞍替えしたものは大勢いる。勝ち馬に乗るは武将の常よ。だが、武田小四郎だけが間者の疑いをかけられておる。それなりに理由があるからに違いない。


 そう思わずにはいられない。

 周防、長門を支配する大内義興が九州へ進出した隙を突いて、出雲を支配する尼子経久が安芸へ侵攻を開始した。この頃、大内傘下より尼子へと鞍替えをした毛利軍は、尼子軍の先鋒として、吉川軍と共に大内方の鏡山城を攻略すべく準備に取り掛かっていた。

 戦が近い。血が騒いだ。

 平九郎は武田小四郎との対決を決意した。

 間者となると、どんな責め苦を与えようと口を割ることはないだろう。だが、平九郎には「うつりぎの術」がある。入れ替わる前に相手を朦朧とさせ、本心を聞き出すことが出来た。

 平九郎は武田小四郎の屋敷を訪ねた。

「このようなむさくるしいところを訪ねて参られるとは、一体、どんな御用なのでしょうか? 奥方殿より何事かご下問でしょうか?」と武田小四郎は不審顔だった。

 無理もない。元就の御台の付き人が「火急の用事がある」と年若い武士の館を訪ねて来て、人払いまでさせたのだ。何の用事だろうかといぶかるのも当然と言えた。

「単刀直入にお尋ねいたします。武田様。あなたは武田の間者なのでしょうか?」

 平九郎こと、栄が尋ねると、武田小四郎は「何を馬鹿な」と一笑に付した。だが平九郎は一瞬、武田小四郎の顔に緊張が走ったのを見逃さなかった。

「素直にお認めになるとは思っておりませんでした。では、本心を覗かせてもらいましょう」

 平九郎はふうと息を吐いた。部屋が薄紅色の柔らかい光に包まれ、ふわふわとした雲のようなものが床下から湧き出て来る。周りの景色が消え、武田小四郎は雲の上に座ったまま、とろんとした目をして上体をゆらゆらと揺すり始めた。

「さて、武田小四郎殿。そなたか武田の間者なのか?」

 平九郎の問いに武田小四郎が答える。「そうだ。憎き毛利を討ち滅ぼす為に、今は大内の為に動いておる。鏡山城に攻め入るのなら、大内と示し合わせて、背後から毛利軍を挟み撃ちにしてくれよう」

「やはり間者であったか。武田にとって、大内は敵でもあろうに」

「元就めを討ち取る為なら、大内に与しても構わぬ」

「そこまで元就殿を憎んでいたのか・・・可哀そうだが、生かしておけぬな」

 平九郎は悲し気に首を振った。

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