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うつりぎ  作者: 西季幽司
戦国時代編
32/68

花実相の大将②

――尼子政久討たれる!


 の報が連花寺にもたらたされると、「桜井の兵が攻めて参る!」と栄は恐怖のあまり錯乱した。

「心配無用でござる。拙者が守ってみせまする」と言っても、栄は「そなたなど、端武者ではないか。斬り合いになれば、役には立たぬ腰抜けよ!」と平九郎を罵った。

 いずれにしろ、政久が討たれたとなると、栄はお払い箱だ。政久には正妻との間に一人息子がいる。栄はこの先、行き場を失うだろう。実際、政久が討たれたと聞いて、侍女たちは栄を置いて逃げ去ってしまった。

「化粧道具をまとめろ! この役立たず共が、何処に行ったのじゃ!」と寺中を駆け回りながら喚き散らす栄を置いて、平九郎は寺を出ようと思った。

 嫡男で世継ぎの政久を討たれたとあっては、経久の怒りや悲しみ、失望は計り知れないだろう。やがて、大軍を率いて押し寄せ、弔い合戦が繰り広げられるに違いない。

 だが、主君を討たれたのだ。尼子の陣で軟弱な武士として見られている平九郎は、更に形見の狭い思いをすることになる。弔い合戦と雖も、平九郎に出番はないだろう。


――潮時かもしれない。


 と思った。三沢常清という武士として生きることに限界を感じていた。

 平九郎は怒鳴り散らしながら右往左往する栄の肩を掴むと、「お静かに」と言い、ふうと息を顔に吹きかけた。

 栄の体から力が抜け、平九郎の腕の中に崩れ落ちた。

 平九郎はそっと栄の体を床に横たえると、「この際だ。仕方あるまい。この女と入れ替わり、出雲を去ることにしよう」と栄の着物の帯を解き始めた。


 栄と入れ替わった平九郎は安芸国を目指した。

 栄の母親は政久の母、吉川経基の娘の嫁入りの際に、お付きの侍女として安芸から出雲にやってきた。吉川経基が治める安芸国大朝荘に行って、今度こそ、然るべき武士に入れ替わろうと考えた。

 大朝荘には、母親の縁者がいた。母親の妹が健在で、経基配下の有力武将に嫁ぎ、旦那を亡くした後、大奥様として一家を差配していた。その叔母が「初めての里帰りじゃ。のんびりすると良い」と暖かく迎え入れてくれた。

 吉川経基は健在だったが、家督は国経が継いでいた。

 そうこうする内に、時が流れ、戦働きが恋しくなり始めた頃、国経より「娘の輿入れに付き添ってはくれぬか」と叔母と通して下問があった。他国で生活経験のある栄なら、娘の良き相談相手になってくれるのではないかと思ったようだ。

「どちらへ参ります?」と叔母に尋ねると、「吉田荘だ」と答える。

 国経の娘は安芸国吉田荘の当主後見人のもとに輿入れが決まったと言う。

「当主の後見人でございますか?」

「先代の当主が若くして亡くなり、嫡男が後を継いだが幼少である為、先代当主の弟が後見をしておるようじゃ」

「名は何と申します?」

「名は――」と叔母は暫し、考え込むと、


――毛利元就。


 と答えた。

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