二之二.観応の擾乱①
参った。筋目の良さそうな武士だと思って成り変わったのだが、とんだ食わせ者だった。
親兄弟の仇だという輩が次々を現れるのだ。悪逆非道の限りを尽くした極悪人であったようだ。お陰で街道の旅籠に泊まれなかった。何時、どこで仇と出会うか分からないからだ。しかも、悪いことに、こちらは相手が仇だと分からない。背中から、ばっさりやられたら、後の祭りだ。
表街道を避けて、裏街道を行き、日中は避けて夜、歩く始末だった。
夜道で突然、「もし、お武家様。こんな時間に夜道を行くと危のうございますよ。うちに寄っていらっしゃいな」と声をかけられた。
ぎょっとして見ると、若い女が手招きをしている。
「旅籠の客引きか?」
「いいえ~こんな旅人も通らないような場所で旅籠を営んでいる訳ないじゃありませんか。近くに住む者でございます。一人旅で難渋しているご様子。あばら家ですが、是非、お泊りください」
「ふむ」と平九郎は考えた。
流石に、こんなうらぶれた裏街道にまで追って来る仇はいないだろう。「世話になる」と女の後について行った。
女はあばら家と言ったが、ごく普通の農家に見えた。
「どうぞ、お入りくださいな」
「恐れ入る」と座敷に上がる。
「家人は?」と聞くと、「私、一人ですよ」と女が艶めかしい笑顔を向けて来た。
どうやら女、一人で住んでいるようだ。
「お腹が空いているでしょう」と女が雑煮をつくって振舞ってくれた。
「かたじけない」
少々、目つきがきついが、良い女であるようだ。
雑煮を食べ終わると、「まあ、一献」と酒を勧めて来た。「お代は払えぬぞ」と断った、「そう言わずに、まあまあ」と酒を勧めてくる。その上、体をぐいぐいと近づけて来る。胸元が解け、豊かな乳房が見えそうになっていた。
――まずいな。これは。
と思った途端、案の定、板戸を蹴破るようにして、男が飛び込んで来た。
「人の女房に何しやがる!」と男が怒鳴った。
美人局だ。
こんな状況でなければ、美人局などには引っかからないものをと思うと腹が立った。平九郎は無言で立ち上がると、「な、何をしようって言うんだ」という男の鳩尾に拳を叩き込んだ。
「ぐえっ!」男が悶絶して気を失う。
「ひえっ!」と性悪女が悲鳴を上げ、腰を抜かして座り込んだ。
「武士を騙そうなどと考えるからだ」
「お助けを~!」
這って逃げようとするのを、平九郎は足で女を押さえつけた。そして、「仇持ちとなって、逃げ回るが良い。そなたの腕で生き延びることが出来るかな」と言うと、女の上に覆いかぶさった。