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うつりぎ  作者: 西季幽司
室町時代編
27/69

万人恐怖①

 ごろごろと鈍く籠った音が聞こえた。

 室町殿六代将軍、足利義教は「何事ぞ!」と怒鳴った。万人恐怖と世に恐れられた独裁将軍だ。機嫌を損ねると、どんなお咎めが待っているか分からない。

 傍らに座していた正親町三条実雅が「雷鳴でありましょう」と答えた。妹、尹子が義教の継室となっており、正親町三条実雅は義兄にあたる。

 馬が暴れたのだ。悟られた⁉ 一刻の猶予もない。

(これ以上は待てぬ)と小寺(こでら)(かつ)(もと)は白刃を振りかざすと障子を蹴破り、座敷に踊り込んだ。勝職の後から十数名の武者が続く。


――目指すは室町殿の首ひとつ!


 赤松邸では宴が催され、庭で松囃子という芸事が行われていた。高座の中央で松囃子を見物している目つきの鋭い男こそ、室町殿、足利義教だ。

 播磨、備前、美作の守護、赤松満祐は義教に疎まれ、所領を没収されようとしていた。丹後一色家の一色義貫と伊勢守護の土岐持頼が義教の命により誅殺されてから、満祐は病と称し、出仕を止めていた。満祐の命運は今や風前の灯火だった。

 満祐の子、教康は松囃子を献上したいと義教を屋敷に招いた。勝職は満祐の密命を受け、配下の郎党たちと連れ、屋敷に潜んでいた。

「狼藉ものが!」と目の前に立ち塞がった大名を袈裟懸けに斬りつけた。周防、長門、豊前、筑前の守護、大内持世だ。

 どうと倒れた大内持世の背後から脇差を抜いた男が現れた。細川野州家当主、細川持春だ。太刀は室町殿警護の名目で宴の前に大名たちから取り上げてあった。脇差で対抗しようというのだ。

 細川持春は落ち着いた様子で勝職と向き合った。

(出来る。殺すには惜しい武者よ)

 なかなかの腕だ。斬り合いで勝てるとは限らない。死と直面しながら、勝職は冷静にそう考えていた。

 騎馬武者が庭に乱入した。襲撃部隊の一部を庭に回しておいた。騒ぎが起きれば庭になだれ込む手はずになっていた。庭先には将軍警護の走衆がいる。彼らに横やりを入れられると面倒だった。

 一瞬、細川持春の注意が逸れた。

 視線が逸れた隙に、背後から配下の郎党が斬りつけた。

「ぐわっ!」と悲鳴と共に脇差を持っていた持春の右腕が飛んだ。

 崩れ落ちる持春をすり抜け、勝職は義教に迫った。義教の顔が見えた。酷薄な男だと言う。些細なことで誅殺されたり、所領を奪われたりした者が多い。白目勝ちの眼が見開かれ、勝職の無礼を咎めていた。

「御免!」

「うぬぬ――!」

 義教が何か叫んだが、勝職には聞き取れなかった。席を立って逃げ出そうとする大名や貴族、女官たちで現場は大混乱だった。怒号と悲鳴が交差していた。

 義教は血しぶきを上げながら崩れ落ちた。


――手向かいする者は容赦するな!


 と配下の郎党には言い含めてあった。血気にはやった血に狂った郎党が無用な殺戮を続けているのだ。

「室町殿を討ち取った~! 他の者には用はない。邪魔だてしなければ危害を加えぬ。速やかに屋敷より立ち退かれよ‼」

 勝職はそう叫びながら、血に狂い、刃を振るい続けようとする配下の郎党を二人ほど、「無用な殺生を止めよ。止めぬか~‼」と蹴り飛ばした。辺りは血の海だった。

 屋敷が静まった。

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