二之一.鉢の木①
まだまだ書き足りなかったことから、第二部をスタートさせた。時期的には「二.宝治合戦」の後、「三.元寇」の前に当たる。
大きな館だった。
この地を納める地頭の館だろう。門前を通りかかると、ばらばらと家人が血相を変えて館から走り出て来た。手に手に得物を持っている。何かあったのだろうか。
「おぬし、どこの家中の者だ?」
「問答無用! 一人で館の周りをうろついていたのだ。佐野の間者に違いない。斬り捨てよ!」
どうやら、まずい時にまずいところに来てしまったようだ。
「待て、待て。通りがかりの者だ。怪しい者ではない」と平九郎は声を上げたが、誰も聞いてはいない。
やはり馴染みの武家の姿が良かった。若い武家に成り代わり、行く当てもなくさまよう毎日だ。目的があって、ここに来た訳ではなかった。
「どけどけ! わしに任せろ」
気の短い家人の一人が刀を抜くと、斬りかかって来た。
争いは避けたかったが、黙って斬られる訳には行かなかった。平九郎は刀を抜くと、襲い掛かって来た男を一刀のもとに斬り下げた。
「うぬぬ~!」と男は血煙を上げながら、くるくると駒のように周り、その場に崩れ落ちた。
平九郎の見事な刀捌きに、平九郎を取り巻く武士たちの動きが止まった。多勢に無勢だ。押し包んで斬りかかられては平九郎の腕を以てしても、どうしようもなかっただろう。だが、最初に斬りかかる者は深手を負うに違いない。それが分かっているから、迂闊に近づけないのだ。遠巻きにして、様子を窺ってくれたお陰で命拾い出来た。
「ほほ~う。良い腕だ」
館の中から髭面の武士が弓を手に現れた。平九郎が切っ先を髭面の武士に向ける。髭面の武士が言う。「悪かった。こいつら、佐野の手の者と勘違いしたのだ。許してやってくれ」
「佐野の手の者?」
「佐野とは所領を接しておってな。争いが絶えない。おぬしも武士なら分かるであろう」
「うぬ」と平九郎が頷く。
武家同士が所領争いを繰り広げることは、最早、宿命のようなものだ。
「わしは多田次郎三郎国忠と申す」
「斎藤平九郎と申します」
この頃、平九郎は元の斎藤平九郎を名乗ることが多かった。成り代わった人物の経歴を覚えるのが面倒だったからだ。
「館へ参られよ。一献、傾けましょうぞ」と多田国忠から誘われた。
同輩を斬られ、家人たちは平常心を失っていた。ここは国忠の誘いに乗って、この場を切り抜けるしかなかった。