道芝の露①
第三部で追加した作品
山名氏清の軍勢、三千は堺から一路、京を目指して進軍していた。
その中に平九郎の姿があった。福間孫三郎貞守となった平九郎の勇壮な体が、馬上でゆらゆらと揺れていた。
――かくなる上は御所巻きしかない。
御所巻きとは、大名が軍勢を以て将軍御所を取り囲み、幕政に対して異議を唱えたり、要求を突き付けたりすることだ。かつて、足利尊氏の執事であった高師直が足利直義と対立し、直義邸を襲撃、直義は尊氏の屋敷に逃げ込んだ。師直は尊氏の屋敷を取り囲み、直義の身柄の引き渡しを要求したということがあった。
武力を以て将軍に言うことを聞かせようというのだ。
将軍、義満は将軍権力の強化の為に、有力守護大名の弱体化を図っていた。義満の陰険な離間策により土岐氏は既に没落してしまった。
次の狙いが山名であることは明白だった。義満は山名氏への圧力を強めていた。氏清は追い詰められていた。
ついに氏清は腹をくくった。
甥で女婿の山名満幸の軍勢、二千を合わせ、五千の大軍を率い、京を目指した。京に迫ると、淀の中島に布陣した。
守る室町府軍は細川頼之・頼元兄弟、畠山基国、京極高詮の軍、三千に、大内義弘、赤松義則の軍勢だ。
京の町は守り難い。攻め口が多過ぎて守る為の兵力が分散してしまうからだ。
「陸奥守殿。ここは軍勢を集中し、一気に御所まで攻め込んだ方が良うござる」と氏清に進言をしたが、氏清は兵を二手に分け、京に攻め入ることにした。
氏清軍は大内、赤松の軍勢と激突した。
――さて、ここが見せ場よ!
平九郎は敵陣に攻め入ると、赤松兵を蹴散らした。鬼神の如く暴れ回る平九郎に、赤松軍は誰も対抗することができず、遠巻きにして見守ることしか出来なかった。
大内、赤松の軍勢はじりじりと押されて行った。
「福間孫三郎殿! その働きや、見事~!」
味方陣から山名氏清が大音声で呼ばわった。
「おうっ~!」と平九郎が返事をする。
勝てる!――と思ったのも束の間、敗走を続ける大内、赤松勢を堰き止めるかのように、背後から大軍が現れた。
足利二つ引きの旗印が翻っている。一色と斯波の援軍が現れたのだ。総勢五千。勝敗を決するには十分な兵数だった。
山名軍は浮足立った。
援軍を得て体制を立て直した大内、赤松勢が反転して攻撃に転じると、山名軍は雪崩を打って壊走を始めた。
負け戦となりそうだ。
「陸奥守殿。殿を拙者がつとめます。落ち延びてくだされ」
平九郎は氏清のもとに駆け寄ると、氏清の甲冑の裾を掴んで、そう言った。
「孫三郎殿か。わしのことは心配無用。供回りを連れ、和泉に落ち申す。それより、頼みがあります。万が一にも、わしの武運拙く、戦場を脱することができぬようであれば、貴殿はこの戦場を駆け抜け、我が妻に言付けを届けてもらいたい。この乱戦となった戦場を駆け抜けることが出来る武将がいるとすれば、それは孫三郎殿をおいて他にはいない。曲げてお頼み申す」
山名氏清は左近衞中將藤原保修の娘、保子を妻にしていた。
「それは・・・」
「わしだ死んだと聞けば、我が妻は、わしの後を追おうとするに決まっております。その心意気はありがたけれど、御所はきっと我が所領を取り上げようとするでしょう。我が妻には子供たちを扶け、所領を守り通してもらいたいのです」
「しかし・・・」
「この通り、お願いいたす」と氏清に深々と頭を下げられた。
ここまでされると断り道理がない。敵の包囲網はどんどん厚くなっている。確かに、氏清の言う通り、この囲いを突破できる武将は、平九郎をおいて他にいないだろう。
「委細承知。承って候」
「では、御免」と氏清は言うと、囲いを突破すべく、敵陣へと馬首を巡らせた。
平九郎も敵陣に突入した。
襲い来る一色勢を鉾で突き刺し、殴り飛ばしている内に、敵兵がひるんで平九郎を遠巻きにするようになった。誰だって命が惜しい。
残念ながら先に駆けたはずの氏清の姿は敵兵の中に埋没してしまっていた。
「陸奥守殿。御遺言、確かに奥方にお伝え申す」
平九郎は敵陣を駆けた。




