平尾合戦①
第三部で追加した作品
戦になりそうだと聞いた。
戦人である平九郎は、戦を求めてさまよっている。風の噂に、河内国平尾に軍勢が集まりつつあると聞いた。戦が近い。急げば間に合うかもしれない。
平九郎は平尾に向かって急いでいた。
だが、この時、平九郎は女の身だった。旅籠で知り合った不幸な身の上の飯盛り女に同情して、入れ替わってしまったのだ。
女の足では、そう早くは歩けない。
――なあに。その内、どこかで入れ替われば良い。
と気軽に考えていた。
街道から旅人の姿がどんどん少なくなっている。戦場が近いのだ。
今度の戦は室町府第三将軍、足利義満を南朝の武将、楠木正勝が攻めるのだと聞いている。楠木正勝は、かの名称、楠木正成の嫡孫だ。その祖父譲りの軍才は古代中国春秋戦国時代の名軍師、太公望呂尚にも例えられるほどだった。太公望呂尚は軍師として周王を扶け、天下を取らせている。
将軍、義満は紀伊国の名勝、和歌浦玉津島神社を参拝し、帰京の途上にあった。それを知った楠木正勝は吉野の朝廷に上奏し、義満討伐の軍を起こした。
だが、義満側も油断していた訳ではない。将軍の参拝に合わせ、赤坂城に駐留していた山名氏清は吉野の朝廷に密偵を送り込み、状況を探らせていた。正勝が義満討伐の軍を起こしたと密偵からの知らせを受けると、直ちに全軍を率いて赤坂城を後にした。
両軍は平尾に集結しつつあった。
足利直冬と長く一緒にいたことから、平九郎は南朝に肩入れしている。出来れば正勝の軍勢の一人として戦に出たかった。
だが、この時期、楠木氏の勢力が衰えていた時期にあたり、楠木軍はわずか三百騎にまで減っていた。もともと楠木氏は結束が固い。入れ替わるのは骨が折れそうだと思っていたが、案の定、街道を歩いていると誰何されたのは山名の兵らしかった。
「そこなる女子、どこに参る。この先は戦場だ。女子の参るところではない。どれ、わしらが身の危険のないところに案内してやろう」
そう言って雑兵たちが声をかけて来た。
どうせ人気の無い場所に連れ込んで、襲おうという魂胆だ。人数は四人、女の身でもなんとかなるだろう。最悪、入れ替わるだけだと、平九郎は胸算用をした。
すると、「ぬしらはどこの御家中かな!」と背後から雷のような大声がした。
振り返ると、小山のような男がたっていた。顔は一面、髭に覆われ、腕は丸太のように太い。地獄に閻魔大王がいるとすれば、こんな風貌だろう。名のある武者のようで、身にまとった甲冑がきらきらと輝いていた。
小山のような男が、鬼のような顔で、ぐっと雑兵どもを睨みつけると、「こ、これは」、「われらはその・・・」、「ただ、女子のことが心配だっただけで」と口々に言いながら逃げ去って行った。
平九郎はこの男が一目で気に入った。この男の体格なら戦場で無双できそうだ。
「お武家様。ありがとうございました」と丁寧に頭を下げると、「いや、何。わしは、この程度のことでしか役に立たぬ」と男は赤い顔をして言った。
意外と純な男のようだ。
「道中、お供してよろしいでしょうか?」と尋ねると、「どちらまで参られる」と顔を背けながら言った。
「平尾まで」
「平尾⁉ 止めておきなされ。あそこで戦になりそうだ。ここから引き返した方が良い」
「と申されましても・・・」と平九郎は堺の商家を追い出され、平尾にある親戚の家に向かう途中だという作り話を男にした。
「他に寄る辺もなく・・・」と言うと、男は気の毒そうな顔をして、「拙者、侍所所司、山名殿の家臣、福間孫三郎貞守と申すもの。怪しい者ではございませぬ。では、不肖、この貞守がお上臈を無事、縁者の家まで送って進ぜよう」と胸を叩いた。
良い男だ。
名を尋ねられたので、「桔梗」と答えておいた。新田義貞と共に散った勇敢な女の名だ。平九郎は好んで使っていた。
見た面は鬼のようだが、孫三郎はよくしゃべった。家督を継いだばかりで、戦場での経験がほとんど無いこと。針仕事が趣味で、槍を持つより針を持っている方が楽しいと言ったことまで、楽しそうにしゃべり続けた。
「いや。申し訳ない。桔梗殿のような女子と話をすることなど滅多にないもので」と孫三郎が恥ずかしそうに言う。
「お内儀とは話をなさらないので?」
「わしのもとに嫁いでくる女子などいる訳がない」
「そうですか? 頼りになりそうなのに」
「はは。そう見えるだけで、武芸はからきしダメなのだ」
「そうなのですか⁉」
「これは内緒だぞ。黙っておれば、強そうに見えるらしいからの」
「本当に」
「うわははは~!」と孫三郎が豪快に笑った。
こうしていると、一騎当千の武者にしか見えない。




