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うつりぎ  作者: 西季幽司
室町時代編
19/48

南北朝③

 平九郎は厩の傍らに桔梗を連れて行くと、干し草の上に押し倒した。何故か桔梗は抗わなかった。こうして、平九郎は桔梗と入れ替わった。

 体が入れ替わったことに、桔梗はさして驚かなかった。むしろ、「これで殿と一緒にいることができる」と喜んだ。そして、「平九郎殿。その体では苦労も多かろう。気を付けてお行きなされ」と気の毒そうに平九郎に言った。

 堀口平九郎貞政となった桔梗は、桔梗となった平九郎を城から放逐した。

 城外に放たれた平九郎は直ぐに斯波方の雑兵に見つかり、犯された。平九郎は雑兵と入れ替わると、暫く、新田義貞と桔梗の行く末を見守ることにした。貧相な雑兵で、平九郎好みの筋骨隆々とした体格ではなかったが、致し方ない。

 新田軍は斯波方の支城を次々と攻略。越前国府を攻め落し、越前の大半を領有するに至った。新田軍の志気は上がった。そして、ついに斯波高経が逃げ込んだ足羽城の攻略にとりかかった。

 新田義貞は燈明寺城に移ると、足利方についた平泉衆徒の籠る藤島城の攻撃を始めた。先ずはここを攻め潰しておかねば、背後から挟撃される恐れがあった。

 攻略は簡単に終わるはずだった。ところが死地に追い込まれた藤島城の僧兵は必至の抵抗を試みた。藤島城はなかなか落ちなかった。

 焦った義貞は僅かな供回りを連れて、物見に出かけた。だが、この時、斯波軍も足羽城より藤島城救援の為、援軍を派遣していた。

 運悪く、田圃の畦道で両軍は遭遇した。

 数に勝る斯波軍は盛んに矢を射かけた。新田軍は物見の兵だ。盾など持っていない。衆寡敵せず。斯波軍の矢に当たり、武者たちがばらばらと落馬した。

 それを見た側近の中野藤内左衛門は義貞に、「千鈞の石弓を鼠を取るために用いたりしません。あれなるは殿が相手をするようなやつらではないのです」と撤退を進めた。ところが、義貞は、「今、兵を失い、一人で逃げるのは、我が本意ではない」と敵陣に突撃しようとした。

 義貞の乗った愛馬が泥濘に足を取られ、義貞は愛馬もろとも、どうと転倒した。運悪く、義貞の左足が愛馬の下敷きになった。義貞は動けない。恰好の標的となった。

 平九郎は斯波軍として、攻め手の中にいた。

(新田の殿もこれで終わりか)と嘆息した時、義貞の前に一人の若武者が姿を現した。槍を片手に矢面に立つと、「我こそは堀口平九郎貞政~! 我と思わんものは出て来て相手をせよ~‼」と大音声を呼ばわると、槍をぶんぶんと振り回した。

(桔梗殿だ。何をしようと言うのだ。おぬしに戦など無理じゃ!)

 斯波軍は堀口貞政が超絶武勇の士で、一対一では叶わないことを知っていた。

「矢だ! 矢を射かけろ――‼」

(卑怯な――!)平九郎は心の中で叫んだ。

 堀口貞政目掛けて矢が雨のように降り注いだ。

「殿~! 今のうちにお逃げください」

 堀口貞政、いや、桔梗の叫ぶ声が聞こえた。

 堀口貞政は針鼠のようになって死んだ。足元はぬかるんでいたが、立ったまま絶命していた。

(見事じゃ。見事だぞ、桔梗殿。言葉通り、殿の盾となって死んでいった)

 その姿を見た時、平九郎の脳裏に一人の法師の姿が浮かんだ。弁慶だ。同じように、弁慶は衣川の合戦で全身に矢を受け、立ったまま針鼠のようになって死んでいった。弁慶の立ち往生だ。

「うぬぬぬぬ~!訳あって、新田義貞殿に助太刀いたす」

 平九郎は斯波軍にあって、一人、反旗を翻した。

 だが、その時、義貞は額に矢を受け、「これが最後よ」と自ら首をかき切って果てていた。

(遅かったか。だが、新田の殿を守って死ぬことが出来て、桔梗殿は幸せだっただろう)

 平九郎はひとしきり斯波軍内で暴れ回ると、陣を駆け抜け、落ち延びて行った。

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