表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うつりぎ  作者: 西季幽司
室町時代編
18/48

南北朝②

 杣山城に一人の雑仕女の姿があった。

 名を桔梗と言った。美しい名前だが、器量は良くなかった。むっちりと肉付きの良い田舎娘だった。越前の国人の娘だという。

 桔梗は新田義貞の身の回りの世話を焼いていた。先陣で荒くれ武者に混じって、怖くないのかと思うが、義貞の側周りを取り仕切っているとあって、桔梗に手を出す不届きものなどいなかった。義貞が越前に落ちて来て金ケ崎城に拠を構えてから、気がつけば、桔梗が陰のように寄り添っていた。

 最も義貞は「天下第一の美女」と称された勾当内侍を妻に迎えたばかりだ。勾当内侍を京に残して来ている。桔梗になど、目もくれなかった。

 それでも、桔梗は甲斐甲斐しく義貞の世話を焼いていた。

 杣山城で桔梗の姿を認めた平九郎は「桔梗殿。このようなところにまで、お出でか」と呆れた。戦の最前線だ。女子供のいる場所ではない。

 平九郎の顔を見た桔梗が訴えた。「おう。平九郎殿。何とかしてたもれ。殿はわらわをこの城より追い出そうとしておる」

 戦場で無類の武勇を発揮する平九郎は義貞のお気に入りだ。義貞の側に控えることが増えるに従い、桔梗と接する機会が増えた。器量は良くないが誠心誠意、義貞に尽くす桔梗を平九郎は気に入っていた。

 初めて、「桔梗殿」と話しかけた時、桔梗は飛び上がって驚いた。家族以外、男、特に平九郎のような若い男から話しかけられたことなど、皆無だったようだ。以来、会えば口をきく仲になった。

「殿の申される通りじゃ。こんなところに居ては、いつ何時、敵に攻め込まれるか分からない。早々に立ち去られよ」

「嫌じゃ、嫌じゃ。殿のお側を離れるなんて、わらわは嫌じゃ!」

 桔梗はまるで子供の様に駄々をこねた。

「敵がやってくれば、誰も桔梗殿を守ってはくれませぬぞ。戦場で、端武者が女子を見つければどうなるか、桔梗殿にも分かっておろう」

「何と言われようと、殿のお側を離れるのは嫌じゃ」

「我儘を申すものではない。殿も桔梗殿の身を案じて申しておるのだ」

「我が身など、どうなろうと構わないのじゃ」

「何故に桔梗殿は、そうも殿のことをお慕い申すのじゃ?」

「ふふ」と桔梗は笑うと、「初めて殿にご挨拶申し上げてから、殿はわらわのことを名前で呼んでくださるのじゃ。桔梗とな」と答えた。

「そんなことでござるか」平九郎は呆れる。

 醜女である桔梗は、男からちゃんと名前で呼ばれることすら無かったらしい。

「平九郎殿も好きじゃ。わらわらのことを名前で呼んでくださる。でも、殿の次じゃな」と桔梗は明るく言った。そして、「ああ~平九郎殿が羨ましい。わらわが男ならば、殿のお側にいて、お守り申すのに」と大声で呟いた。

「うぬ・・・」平九郎は桔梗の顔を覗き込んだ。桔梗は赤い顔をして、睨み返した。平九郎が尋ねる。「桔梗殿。その言葉に偽りはございませぬな?」

「わらわも武士の娘。二言はございませぬ」

「桔梗殿。こちらへ参られよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ