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うつりぎ  作者: 西季幽司
鎌倉時代編
16/48

岩門合戦②

 屋敷に戻ると、「おやっ。戻って来たのかい」と亭主が猫なで声で出迎えた。

「只今、戻りました。今宵も可愛がってください」と言うと、亭主は「そうか、そうか」と嬉しそうに笑った。

 二人切りになると、千穂となった平九郎はふうと息を吐いた。

 亭主の眼が虚ろになり、辺りが薄紅色に包まれた。

「さて、この先、お前は弱き者として生きて行くのだ。暫くはお前がつけた傷が痛むであろう。自業自得だ」

 千穂は亭主の帯を解いてやった。

 亭主と入れ替わると、「不届きものめが! 不義をはたらきおって」と夜の内に家から叩き出してやった。

「な、何を言う。この家の主はわしだ」とわめく千穂となった元亭主を文字通り屋敷から蹴り出した。

 この先、寄る辺も無い身で、更に、慣れぬ女の身で生きて行くのは大変だろう。地獄を味わうことになるかもしれない。

 亭主を追い出してしまうと、少弐景資のことが気になった。景資は元寇に際して、大将軍として九州御家人達の指揮に当たった。平九郎は景資の指揮の元、大蒙古の軍勢と戦った。戦後、平九郎に所領を与えてくれた恩人だ。

 その景資から「力を貸して欲しい」と頼まれた。

 そう思うと、居ても立ってもいられなかった。富農の主となった平九郎は、屋敷を抜け出すと少弐景資が居を構える岩門城を目指して駆けた。

 吉田助兵衛景正となった千穂には、所領に戻り、領主として暮らせと言い含めておいた。今頃は領主として伸び伸び暮らしているに違いない。正直、領主として生きて行くのは、楽ではあったが、自分らしくないと平九郎は思っていた。

 ここで入れ替わったのも運命だろう。天が平九郎に戦人(いくさびと)として生きよと言っているのだ――そう思った。

 女をいたぶるしか能のなかった男だ。直ぐに息が切れた。戦で他者を圧倒するには、体力が足りない。

(どこかで武士と入れ替わりたいものだ)と思いながら、岩門城へ急いだ。

 道々、状況が分かって来た。

 元寇の戦後処理を巡り、鎌倉府で有力御家人の安達泰盛と内管領の平頼綱とが対立した。北条得宗家内での権力闘争だった。平頼綱は先手を言って、安達邸に攻めかけ、安達一族を攻め滅ぼした。

 この騒動は全国に波及し、各地で安達泰盛派と平頼綱派が争う事態となっていた。

 少弐景資は安達泰盛派だ。景資の兄、少弐経資は平頼綱派で、何と骨肉の争いに発展してしまっていたのだ。

 岩門城へ急ぐのだが、日頃、体を動かすことの少なかった亭主の体は、直ぐに悲鳴を上げる。その都度、道端に座り込んでは休憩を取らなければならなかった。

 平九郎が岩門城に駆けつけた時には、既に少弐経資が率いる軍勢が岩門城を取り囲み、総攻撃をかけていた。

 乱戦の中、平九郎は武者の一人を叢に引きずり込むと、締め落とし、甲冑を奪った。

 体力は無いが、八十年以上、培ってきた武芸がある。少弐景資とは一緒に戦った仲だ。加勢をしてやりたかった。

 寄せ手に紛れて、平九郎は城内へ侵入した。

 少弐景資の姿を探していると、城の片隅で震えている武者を見つけた。

(何と情けなきや)と思った瞬間、それが吉田助兵衛景正であることに気がついた。

 千穂だ。何故、こんなところに居るのだ。所領へ戻るように言っておいたはずだ。

 平九郎が駆け寄ると、千穂はその顔を見て、顔をひきつらせた。

「私だ。心配するな。お主の亭主の姿形をしているが、お主と入れ変わった助兵衛よ。今度はお主の亭主に成り変わり、お主となった亭主は家から叩き出してやった。今頃、どこぞで野垂れ死んでおるやもしれぬ。それはともかく、お主、千穂よ、何故、こんなところにいるのじゃ!所領に戻っておれと申したはず」

 平九郎は千穂の肩を掴んでゆすぶった。

「それが――」と千穂が言うには、所領へ向かおうと街道に出たところで、「吉田殿ではないか⁉」と騎馬武者に声をかけられた。平井経康という若武者で、「少弐殿に加勢する為に岩門城に向かっておる最中だ。吉田殿もやはり岩門城に向かうのであろう。馬無しでは時間がかかろう。替え馬を引いて来たので、乗りなされ」と声をかけられた。

 そして、馬に乗せられると、岩門城まで連れて来られたと言うのだ。

 敵方が押し寄せてくると、平井経康は「お先に御免」と最前線へ飛んで行ってしまった。後に残された千穂は震えることしか出来なかった。

「馬鹿な!お主に何が出来る」

「助けてくだされ」

「うむむ・・・」平九郎は歯噛みした。

 折角の合戦だ。思う存分、暴れ回りたいところだった。だが、どの道、この体ではろくな戦働きはできないだろう。

「ついて参れ!」

 平九郎は千穂の腕をつかむと、厩に連れて行った。そして、千穂を馬に担ぎ上げると、手綱を握り、「えいやっ!」と馬の腹を蹴って駆け出した。


――この戦場を駆け抜けて見せる!


 敵だらけの戦場だ。余程の強者でなければ、駆け抜けることなど出来ないだろう。

 平九郎の血が沸き立った。

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