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うつりぎ  作者: 西季幽司
鎌倉時代編
15/48

岩門合戦①

第三部で追加した作品

「これ、お内儀。こんなところに一人でいると、よからぬ連中に目をつけられるぞ」と声をかけると、女が弾かれたように立ち上がった。

 女は川辺にしゃがみ込み、水の流れを眺めていた。

 良い天気で雲ひとつない青空がひろがっていたが、人通りのある表街道から外れた、昼間でも人通りの少ない寂しい場所だった。

 元寇より四年、平九郎は助兵衛として元寇での戦働きが認められ、少弐景資より吉田助兵衛景正という名と小さいが所領を与えられた。

 所領に行き、慣れぬ領主としての務めを果たしていると、少弐景資より「戦になるやもしれぬ。合力して欲しい」との知らせを受けた。誰と戦うのか? 何故、合戦となるのか? 何も分からなかったが、戦なら何でも良い。平九郎は取る物も取り敢えず、景資の居城である岩門城を目指した。

 道端の百姓に道を教えてもらった。近道だと言うので、表街道からひとつ外れた裏街道を歩んでいた。

 道中、川べりで女を見かけた。平九郎には女が身投げをしようとしているように見えた。

 立ち上がった女を見て、今度は平九郎が驚いた。女の顔が半分、赤黒くなって変形していたからだ。

 もとは器量の悪くない女のようだが、顔半分が内出血して腫れあがっている。誰かに殴られたようだ。

 平九郎をすり抜けて、逃げようとする女の腕を捕まえて、「よからぬ連中にやられたのか?」と尋ねると、「違います。どうかお放しください」と女が身をよじった。

 無法者に手籠めにされたにしては、身なりが整っている。

「身内の仕業か。ひょっとして亭主か」と言うと、ふっと女の体から力が抜けた。

 女はその場に座り込むと、よよと泣き始めた。

「良ければ事情を話してみよ。力になれるかもしれぬ」平九郎が優しく声をかける。

 女は名を千穂と言い、この辺りの富農の嫁だった。隣村から嫁いで来た。富農の亭主は前妻を病で亡くしており、千穂は後妻だった。年は十ほど離れていた。優男で見た目がよく、人当たりの良い男で、「とにかく早く、後継ぎが欲しい。俺の子供を産んでくれ」と真顔で言って、千穂を赤面させた。

 下働きは下女がいてやってくれるし、千穂は若奥様として、亭主の相手をしているだけで良かった。最初は、よいところに嫁に来たと思った。

 ところが亭主には裏の顔があった。

「うちの人は、女を(さいな)み、いたぶることに、喜びを感じるのです」

 亭主は毎晩のように、千穂に殴る蹴るの暴行を加えた。そして、その後、急に優しくなって、「ごめんよ~痛かったかい」と千穂を抱き寄せた。

 千穂の体は痣だらけとなった。

 朝になると嫁が顔を腫らしているのだ。家のものは亭主の悪癖に気がついていたはずだ。だが、誰も何も言わなかった。見て見ぬ振りをしていた。

 どうやら千穂は三度目の嫁となるようで、前妻も、前々妻も、亭主の暴力により命を落としたらしいことが分かって来た。

「私のように帰る場所のない娘を近くの村から嫁としてもらい受けて来ては、殴る蹴るの暴力をふるい、欲望のはけ口にしているのです」と千穂は言った。

 千穂の実家は兄が継いでおり、兄嫁が嫁入りして来ていた。兄嫁と仲が良いとは言えず、千穂は実家を追われる形で嫁に出された。

「女になんか生まれたのが間違いでした。殿方に生まれておれば、もっと自由に生きることが出来たのに」と千穂が言う。

「その言葉に偽りはないか?」と平九郎が聞くと、「偽り?夜が来るのが怖くて、毎日のようにここに来ては川に飛び込んで、死んでしまえば楽になれると、一日、そのようなことばかり考えております。偽りなどございません!」と千穂が声を荒げた。

「よかろう」

 平九郎がふうと息を吐いた。千穂は薄ぼんやりとした紅色の柔らかい光に包まれ、ふわふわとした雲の上に立っていた。

 周りの景色が消え失せていた。

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