元寇②
――唐の国より討ち入りがある。
攻めよせて来るのは大蒙古の軍勢だと言う。大蒙古とは聞かぬ国だが、宋を滅ぼし、高麗を従え、大陸を席捲していた。馬を自在に操り、無類の強さを誇り、残虐な民族だという噂だ。どこか鎌倉武士を思わせる。
既に対馬、壱岐が大蒙古の軍勢に蹂躙されていた。
「沿岸防備を固め、蒙古軍の襲来に備えよ」と鎌倉より急使が派遣され、九州の御家人が大宰府に集結しつつあった。
「こたびの戦で武功を上げ、鎌倉殿より感状を賜り、わが領地を取り戻すのじゃ!」と景清は鼻息荒く言った。
人の欲望には限りが無い。当世の武士で所領争いを抱えていない者など皆無だろう。たった一人の下人でさえ逃げ出すような小領主の景清でさえ、例にもれず、平井経秀という御家人と川沿いの小さな村を巡って所領争いを繰り広げていた。
父祖伝来の土地だそうで、戦場で武功を上げ、村を取り返す、あわよくば新たに領地を賜りたいと考えていた。
元は武士だった。助平となった平九郎にも、景清の思いが痛いほど理解できた。
大宰府に集結した御家人は、総大将、少弐景資の下、博多湾の息の浜に移動した。ここで蒙古軍を迎え撃つつもりだった。
蒙古軍襲来前夜、助平は武芸の鍛錬に余念がなかった。太刀筋に力が足りない。太い木の枝を振ることによって、力強さを加えようと汗を流していた。
「助平よ。おぬしは後方で控えておればよい。戦はわしに任せろ」景清が焚火の側に寝そべりながら言った。
「いざという時の備えです。自分の身くらいは自分で守らなければ――」
「うむ。良い心がけだ。おぬし、最近、顔つきが変わって来たぞ」
「どう変わりました?」
「何と言うか・・・うん。男らしくなった」
「誉め言葉と受け取ってよろしいのでしょうか?」
「おぬし次第よ。助平よ。今度の戦でわしが討ち死にするようなことがあれば――」
「三郎殿。貴殿のような豪傑が討たれるようなことなど、ありますまい」
「分からんぞ。何せ、相手は異国の徒よ。どんな卑劣な武器を使うか分からん」
「そうかもしれませぬが――」
「わしが武運拙く、戦で果てるようなことがあれば、宮市に残して来た母上と妹が心配じゃ。仲津に叔父御がいる。叔父御を頼るように伝えてくれ」
「不吉なことを申されるな」
「約束してくれ」
「承って候」と答えたものの、助平は心に、かすかな靄がかかるのを感じていた。