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うつりぎ  作者: 西季幽司
鎌倉時代編
11/48

元寇①

 大地が揺れていた。

 ゆらゆらと波打って、立っているのもやっとだった。

 平九郎、いや、ゆえは道端に座り込んだ。大地が揺れているのではない。ゆえ自信が揺れているのだ。くらくらと眩暈がして、足元が覚束ない。体が熱っぽい。悪しき流行り病に侵されたのかもしれなかった。

「おやおや、御寮人、どうされた? 顔色が優れぬぞ。具合が悪そうじゃな」

 野卑た男が声をかけて来た。ぼざぼざ髪に土気色の顔、蔦のようにひょろひょろと痩せた若い男で、戦場で首を上げられた武者からはぎ取ったのだろう、鎧の胴と手甲を身に着け、槍を担いでいた。

 人通りの多くない山道だ。裏通りを歩かねばならない男など、物取りか罪人に決まっている。元気なら、野盗の類など、女の身であっても追い払うことなど訳などなかった。

 村はずれに一人で暮らしているという後家に夜這い、入れ替わった。暫く、後家として暮らしていたが、西国で乱の兆しがあると聞き、居ても立ってもいられなくなった。女になっても、心は武士だ。戦場に出たくなった。

 女の身で旅に出ることになった。

 腕に覚えがあるとは言え、女の身だ。人目につかない裏街道を進んだことが裏目に出た。こんな野盗に襲われることになるとは。

「わらわに構うな!」と叫んだつもりだったが、声が出なかった。気分が悪い。意識が遠のいて行く。

「どうれ、わしが診てやろう。ささ、こちらに参れ」

 男は気を失ったゆえの体を道端の叢の中にずるずると引きずって行った。

 唐突に意識が戻って来た。

 眼下に組み敷いた女の顔が見えた。入れ替わったのだ。(よりによって、こんな男と――)と思った、次の瞬間、「この不埒ものが~!」と首根っこをつかまれ、放り投げられた。地面をごろごろと転がって、樹木にぶつかってやっと止まった。痩せているとはいえ、大の男を子猫でもつまんで投げるように軽々と放り投げた。

 痛みに顔をしかめながら眼を向けると、筋骨隆々の大男が立っていた。武士だ。本物の武士だ。髭面で顔の赤い、赤鬼のような大男が憤怒の形相を浮かべていた。大男はギラリと太刀を抜くと、「下郎めが。そこへなおれ!」と雷のような声を落とした。

 平九郎となった盗賊はよろよろと立ち上がった。武芸には自信があった。だが、入れ替わったばかりの体が思いのままに動いてくれるかどうか分からない。力量は相手の方が上だ。

(ここで娘を手籠めにした不埒ものとして手打ちに遭うのか・・・齢百年、体を入れ替えながら生き続けてきた。ここで果てるのも定めなのかもしれない)

 諦めに似た感情が湧いて来た。だが、黙って討たれる訳には行かない。武士の意地だ。平九郎は身構えた。叢に槍が落ちている。それを拾うことが出来れば勝機があるはずだ。

 と、その時、「お願いです。ほんの出来心なのです。命だけは、命だけは勘弁してください」

 と叢から女が飛び出して来た。ゆえだ。体が入れ替わったことに気がついていないようだ。目の前に白刃の前にさらされる自分の姿を見て動顛してしまった。自分が殺されると思い、慌てて飛び出して来た。

「どうかご容赦を~」とゆえは前をはだけたまま大男に懇願すると、駆けだして行ってしまった。あの体だ。その内、動けなくなってしまうだろう。

 その後ろ姿を大男はあっけにとられて見送った。

 やがて、大男は刀を納めると、「合意の上・・・だったみたいだな。命拾いしたな」と言ってにやりと笑った。笑うと途端に人の良さそうな顔になる。

 大男は「ついて来い」と歩き出した。

 拾った命だ。この大男に預けてみるのも悪くない。

「下郎、名は何という?」と大男に聞かれた。

 はてと考えたが、名前など聞いているはずもない。こんな卑劣な男の身で平九郎を名乗りたくなかった。

「名など無い」と答えると、大男はその答えが気に入ったようで、「はは。面白いことを言うやつよ。名が無いのなら、わしがつけてやろう・・・助平、そう名乗れ」

「すけべえ・・・ですか」冗談じゃない――と思ったが、反論するのも億劫だった。

 大男は「はは」と大笑すると、「わしは吉田三郎(よしださぶろう)景清(かげきよ)、豊前国京都(みやこ)郡の住人じゃ」と名乗った。「少弐(しょうに)殿の命により戦場(いくさば)に向かうところじゃ。下人に逃げられ難儀しておった。召し抱えてやる故、ついて参るがよい」

「戦に参るのですか?」

「おうよ。おぬしも逃げるか?」

「まさか。戦と聞くと血が騒ぎます」

「ふん。戦場稼ぎでもするのか」

「三郎殿について敵将の首を上げとうございます」と言うと、景清は大笑いした。「その意気やよし! ほれ、そこの馬を引いてついて参れ」


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