#3 俺のラーメンちゃん…
「ッ!!!ったりめぇじゃん。俺はいつでもいつからでも!」
「昔は良く『じいちゃんの後継になる〜』と可愛いことを言ってくれていたが、気が変わってなくて良かったわい」
「んで、いつから!?今日!?」
「まぁそうガッツくな。今日はもう昼だし、平日は学校もあるだろ?基本は土日と考えているが…2人とも工房に籠ると店番がいなくなる。
本格的な修行はその問題が解決してからだ。流石に土日を休みにするわけにはいかんからな」
両親が共働きのため、昔から祖父母に預けられることは多かった。そのため、何度か工房にも連れて行ってもらったことはあるが、入ったことがあるのは工房の近くにある離れのみ。
作業おろか工房自体にも入ることができなかったため、じっちゃんが工房に行く日は基本的に暇であった。
離れではポータブルのゲーム機や漫画、時々宿題をして過ごしていたが、次第に店に行って祖母の手伝いをすることが多くなった。
じっちゃんが工房でどんな作業をしているのか、今でも全く見当がつかないので、跡を継ぐとか憧れようもないのだが…じっちゃんの商品に魅せられたんだと思う。
今でも、出来上がった新作を見るたびに俺は心が躍る。
「俺の方でも店番は探してみるが…お前も知り合いで心当たりがあれば頼んでみてくれな。あと、成績は下げるんじゃねぇぞ?婆ちゃんと凪の奴に俺がドヤされちまう。」
凪とは俺の母ちゃんの名前だ。鍛鉄には3人の子供がいたが、男の子には恵まれなかった。
そのため、正式な後継の話は今までしてこなかったし、もしかしたらじっちゃんの代で終わらせるつもりだったのかもしれない。
「分かってるってのッ!じっちゃんはいつも一言多いんだよ」
「ガハハハ。すまんすまん。お前さんの素直さには頭があがらねぇよ。ありがとな、鋼太」
じっちゃんはそれだけ言って店から出て行った。
「改めての感謝の言葉なんてサブイボもんだっての」
そうは言いつつも、鋼太は口角が上がってしまうのを抑えることができなかった。早いとこ代わりの店番見つけ、1日でも早く工房に行けるよう頑張ろうと決意を固めた。
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家に戻ると麺が増え、表面の油が固まりつつあるインスタントラーメンが俺を出迎えてくれた。チキンラーメンはふやけても美味いから俺は大好きだが…アレンジの油によってプラマイ0、むしろマーイ。大きくマーイ。
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午後の店番も特に何もなく終了。包丁を取りに来た節おばさんと
「木のまな板の上にプラスチックのまな板引いて使ってない?」「使ってるわよ?洗い物は増えるけど、お肉を切るのが楽で〜…」
「それ、包丁にはあんまり良くないんだよね…切れ味落ちるの早くなっちゃうよ。1年かそこらであんな刃先になってるのおかしいと思ったんだよね」
なんて言うやりとりはあったが…。
※side 鍛鉄※
工房の一画に畳6畳の小上がりがあり、そこで鍛鉄は目を瞑り考えていた。
自分が父から受け継いだ技術、これをどのような手順で習ったか、どのように習得したか、どのように磨いてきたか…自分は果たして先代から受け継ぐだけでなく、さらに研鑽し後世に残せるような仕事をしてきたのか。そして、どのように受け渡すのか。思考がぐるぐると廻る。
「…親父も俺を工房に呼んだ時、こんなふうに悩んだのかねぇ」
親父は35で他界した。実際に工房で一緒に作業した期間は7年と少し…口下手な親父から指導らしい指導もないままにあっという間に逝っちまった。
事故死と聞いてはいるが、車も乗らねぇ旅行もしねぇ、挙げ句の果てには葬式に死体もないってんだから何かあったんだろうなって考えちまう。
結局この年まで何があったか分からずじまいだったが…
「技術伝承としては微妙だったが、効率化っていう面では良かったのかもしれねぇけどな」
30年近く自分好きなようにトンカチ触れて、新しいことにもたくさん挑戦した。
失われた物も多いかもしれねぇが、俺流に昇華させたはずの技術を渡して、あとは鋼太に任せるか。
まずはアレを渡して本気度がどんなもんか見るとするかね。
俺も父親が居なかったら絶対理解できなかったしなぁ〜何日で根を上げるか楽しみだぜ。
「はぁ…今日も月が綺麗だねぇ」
西の空には星の光を消すような三日月が輝いていた。