#1 切れ味はいかが?
初めての投稿です
20話ぐらいまでひとまず頑張りますが、心折れるかもしれません
至らぬ点あれば、是非教えてください
(お手柔らかにお願いいたします)
「いらっしゃ〜ませぇ…」
奈良にある金物店、それが俺、玉城鋼太の実家だ。
聞くところによれば、この店は鎌倉時代から続いている"らしく"、結構由緒正しき家系だそう。1000年前も、100年前も俺は生きてないし、いつから続いてるかなんて言ったもん勝ちだしな。
ただ、流石は1000年続いてるに相応しいほど店内は歴史ある作り…いや、ボロい。
純木製のこの家屋は、店としての最低限の機能を果たすばかりで、夏は熱波を防ぐこともなく、冬は隙間風で寒い。耐震構造なんて概念があるのか不思議なほどではあるが、少なくとも俺が生まれて17年は壊れていない、そんな店である。
俺が何をやってるかと言えば、アルバイトの店番だ。奈良は程よく都会もあるし、観光地としても有名だ。
人の出入りが激しいことと、店の前を自由に闊歩する鹿達のおかげもあり、ありがたいことにそこそこ客が来る。
ただ、今日はあまり客の出入りが少なく、世間話に来た近所のおばちゃんと、刃物を見て興奮する修学旅行生?っぽい金髪ショートのギャル(ピアスもしてる…)という空間が出来上がっている。
「聞いた?近所の源田さんちの娘さん、名前はなんだったかしら…子供が生まれたんだって。ほら!あんたも仲良かったじゃない!あの子よ!」
「ミキちゃんのことかね?仲良かったって10年近く前のことだけど…。
へぇ、俺の5つ上ぐらいだった気がするから22か23でしょ。子供生まれたんだ、はやいねぇ〜もっと人生楽しんでからにしても良いのに」
「ミキちゃんだったかしらね………!ミヅキちゃん!そうだわ、水月ちゃんよ、思い出したわ。
人生楽しめだなんて、何言ってんのよ。子供の誕生と成長を見ることが人生最大の楽しみじゃないの。40の疲れたサラリーマンみたいなこと言ってんじゃないよ。」
「男の子なの?女の子?」
「男の子らしいわよ。綺麗な二重で将来はイケメンだろうって!
キィー!羨ましい…うちの子はもうすぐ30になるって言うのに、浮いた話の一つも聞かない…世の中不公平だわ!」
…こんな具合に、時間をつぶしにきてるご近所マダムの相手するのも俺の仕事だ。生産性はないが給金は出る、素晴らしいかな資本主義。
ちなみに、海外からの観光客は"良いお客様"だ。日本製の刃物と言うだけで目を輝かせお金を落としてくれる。
飛行機で帰るんだろ?刃物ってどうやって運ぶんだろうな、保安検査通れるのか?よくしらん。よく知らんがよく買ってくれるから、外国人は大好きだ。
そして鹿達よ、お前たちも好きだ。鹿せんべいもバカにならないぐらい売れる。むしろ刃物よりも売上が良い。
「そうそう、鋼ちゃん。去年買った包丁なんだけど、研いでくれる?」
「あぁ…切れ味悪くなった?それともじっちゃんに言われての定期メンテ?」
「メンテ?メンテ…そう!メンテメンテ!」
「メンテナンスな?若いふりすんなって。ほら包丁出して」
「もう!おばさんって馬鹿にしないでよ。
今でも全然切れ味は良いのよ?でも長持ちするって言うし、鋼ちゃんが研いでくれた後は、何だか料理が美味しい気がするのよねぇ〜」
「褒めてもなんも出ねぇよ。まぁそもそもウチは研ぎで金取ってないないからな」
この店で売られている物は全てじっちゃんのお手製だ。店から車で30半分ほど行ったところに工房があり、そこでは毎日鉄を鍛える音を響かせているそう。詳しい工程は教えられてないが、小さい頃に研ぎ方だけは嫌というほど仕込まれた。
「暇だし30分もしないうちにできるけど…」
「今日はホットなヨガ教室があるから、夕方頃にこようかしら。お店は何時までだっけ?」
「ん〜17時頃には閉めようかなと思ってる。18時にゲームのライブあんのよ。」
「ライブ!?!?韓国かしら、テレビでやるの!?私好きな韓流アイドルがいて、その…」
「あぁ〜違う違う。ネットでゲームの配信してる人がいるのよ。アイドルとかハンリュウ?とかじゃねぇって。残念でした」
「なによ、もう!期待して損したわ!
7時だったかしら。それまでには来るようにするわね。」
「17時!夕方の5時だぞ!」
「はいはい、5時ね…わかったわ、よろしくね」
ったく、危うく7時まで働かされるところだったぜ。バイト代は日給なので、正直昼過ぎたらもう閉めたい。
閉めても普段ならバレはしないが、たま〜にじっちゃんが様子見に来るから、17時までは空けるようにしている。
研ぎは金にはならない。しかし、唯一じっちゃんの商品を触ることができる機会なので、依頼されると胸が高鳴る。
「チャチャっと終わらせて、昼はチキンラーメンでもいただきますかね」
丁寧に包まれている新聞を開けてみると、黒檀の光沢と、艶やかで唯一無二の模様"刃紋"を浮かせた刀身が現れる。
刃先が少し丸みは帯びているものの切れ味が悪いと言うほどではないと思う。この丸みを元の鋭い形状に近づけるのが俺の仕事だ。
("2000"と"6000"でいくかな…)
桶に水を張りながら、2種類の砥石を準備する。
砥石にたっぷりと水を吸わせ、大きく3回深呼吸…よしっ!
(斜め45を基本に気持ち立てる…押すときに力を入れ、引く時は惰性で…1箇所につき10回程度…これを全体に、一定の力・一定の角度で繰り返す…砥石が乾かないよう時々指で水をかけて…)
シン…と静まる店に砥石と包丁が擦れる音が一定感覚で響く。この世界にまるで自分しかいないような心地よい瞬間だ。
("6000"の後は、最後に新聞でバリをとって…完成ッ!)
出来上がった刃先を全ての角度から眺める。そして、おもむろに机の下からまな板と長ネギを取り出す。
「最終的な出来上がりはテストしないとな。この後のラーメンにもネギは必須だし。」
テストに最適なのはトマトだが、あいにく手元にはネギしかないし、ネギの外皮がまな板に残らず切れるかどうかも大事なポイントになる。ラーメンに入れたいだけではないのだ、うん。
そして首にかけていたタオルを頭に直し、ここでも深呼吸を3回。
タタタタタタタタ…スッ。んん〜素晴らしい切れ味…外皮を一切残さない完璧な仕上がり…。
「完ッッ「あのぉ〜…」ッぺ…ん?うぉっ!!!」
さっきから日本刀(飾り)を見ていたっぽいギャル?が頬を上気させながら、なぜか俺の間近にいた。まだいたんだ…研ぎに集中(興奮)しすぎて気付かなかった。
「すっっっっごい切れそうな包丁ですねっ!切れ味どうですかっ!?私も試したいんですけどいいですか!?!?!?」
「………へ?」